文豪・池波正太郎が愛した“ホテル天丼”の味とは?

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食の小宇宙“丼”をもっと知りたい&食べたい!

2017/02/16

文豪・池波正太郎が愛した“ホテル天丼”の味とは?

食にこだわる作家の中には、丼ものと深い関わりを持つ人も少なくない。時代小説の巨匠・池波正太郎もその一人だ。生前、池波が足繁く通った都内のホテルで、文豪の愛した天丼を味わった。

Yahoo!ライフマガジン編集部

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天丼を食べに駿河台の坂を登る

JR御茶ノ水駅の「御茶ノ水橋出口」を出て明治大学へ向かって歩くと、細い登り坂の路地が見えてくる。坂道を登りきった高台にある、象牙色をしたアール・デコ様式の建物が「山の上ホテル」だ。創業1954年の同ホテルは、出版社や古書店の多い神田神保町に近いこともあり、川端康成、三島由紀夫、山口瞳といった一流作家や、写真家の土門拳といった文化人が利用したことでも知られている。

山の上ホテルの正面玄関。向かって左のツタの茂った建物のあたりに「天ぷら小屋」はあった
在りし日の池波正太郎(写真左:読売新聞社提供)。写真右は「天ぷら小屋」と呼ばれた創業時代の「てんぷら山の上」初代店舗

山の上ホテルの常連作家の一人が、時代小説の大家である池波正太郎。食通としても知られる彼は宿泊だけでなく、同ホテルのレストランへも頻繁に訪れ、特に「てんぷらと和食 山の上」はエッセーにもよく登場するほど。というわけで今回は、同店の島貫茂料理長に、池波正太郎の好物だったという天丼について伺った。


ミシュラン職人も排出した天ぷら料理の名門

現在の店舗はロビーを出てすぐの場所にある

ーー山の上ホテルの天ぷら店「てんぷらと和食 山の上」は、創業当初は離れの店舗だったと聞いています。

「てんぷらと和食 山の上」島貫茂さん(以下、島貫さん)
「てんぷらと和食 山の上」島貫茂さん(以下、島貫さん)
「当店はもともと、ホテルの開業と同時期に現在のタワーパーキング付近に建てられた離れの店で、お客様や従業員からは『天ぷら小屋』と呼ばれていました。その後ホテルが改装された1980年に、この場所に移りました」
池波は空いてる時間を見計らってふらりと訪れては、カウンターで天丼や天ぷらを楽しんだ。お気に入り席は写真奥のカウンター席だったとか
島貫さん
島貫さん
「残念ながら私は池波さんと面識はありませんが、この厨房に入って一番驚いたのは、先生を慕って食事にいらっしゃる方の多さです。年齢層も幅広く女性も多いのですが、みなさんよく本を読まれているせいか、私よりもこのお店の歴史をご存知の方もいるほどです」

ーー池波さんのお気に入りの席はあったのでしょうか?

島貫さん
島貫さん
「当時の料理長は、現在ミシュランガイドにも選出された名店『てんぷら近藤』の近藤文夫氏でした。池波先生は近藤さんの立つ揚げ鍋の見えるカウンターの一番奥によく座られていたそうです。店の一番空いている時間を見計らって刺し身などを召し上がっていましたが、シメの天丼がお気に入りだったそうです」
氷を使った木製冷蔵庫も店のトレードマーク。素材に負担をかけることなく鮮度を保つことができるのだとか

ーー池波さんはどんな天ダネが好みだったのでしょうか?

島貫さん
島貫さん
「エビを好まれていたと聞いています。晩年先生は近くの病院に入院されていましたが、ある日『山の上のエビ天丼が食べたい』ということで、エビ天を6本並べた天丼を、近藤さんが作って病床にお届けしたそうです。今回は池波さんお気に入りのエビに加え、シロギス、かき揚げ、伏見唐辛子の天ぷらを盛り合わせた、当店で一番人気の『天丼』(3600円)を召し上ってください」
池波の好んだカウンター席は、職人の仕事が間近に見れる特等席だ
エビとミツバのかき揚げも添えられる
島貫さん
島貫さん
「タレには『甘口』と『辛口』の2種類ありますが、今回は池波さんにゆかりのある辛口をお試しいただければと思います」
「天丼」(3600円)には池波が考案した辛口ダレがオススメ

ーーエビ、シロギス、かき揚げ、伏見唐辛子といった性格の異なる素材でも、火入れが均一にされているせいか、統一感のある味わいです。揚げ油にはごま油のみを使用しているそうですが、豊かな香りが引き締まった辛口ダレによく合います。おいしすぎてあっという間に食べ終わってしまいました....。

左のタレがミリンで甘味をつけた「辛口」、右の「甘口」は砂糖を使っている
島貫さん
島貫さん
「ありがとうございます。『辛口』は、キリッとした味わいを好まれていた池波先生のリクエストでお作りしたものなんです。一般的な『甘口』には砂糖を入れていますが、『辛口』はみりんだけで甘みをつけたベトつかない甘さなので、スルスル入ってしまいますよね(笑)」

野菜の天ぷらもここから広がった

専門店では提供されることが少なかった野菜を、高級天タネとして認知させるきっかけとなったのも、ここ山の上ホテルと言われている。そこで、野菜天の代表であり、池波もお気に入りだったというアスパラガス(800円)を揚げていただくことに。

野菜の天ぷらも人気メニュー。単品で注文することもできる
薄付きの衣が野菜本来の甘味を引き出す

ーー薄い衣はさくっと軽い歯ざわりですが、野菜はしっとりとしていて甘い香りが強調されているようです。

島貫さん
島貫さん
「天ぷらはある意味、蒸し料理の一種なんです。薄衣で素材の水分を閉じ込め、油で均一に熱を入れることで素材本来の味を逃さずに火を通すことが大切。野菜は天ぷら専門店では邪道と言われた時代もありましたが、近藤さんが薄衣の揚げ方を確立したことで、食通の方々にも認めていただけるようになりました」
「天ぷら山の上」の店内には、池波から届いた挨拶状が飾られる

ーー当時と今とで味に違いはありますか?

島貫さん
島貫さん
「池波さんがいらしていた当時とは、揚げ油の配合がわずかに変わっているなど、少しずつ進化しています。ですが、当時からこだわってきた『天ぷらは素材ありき』というモットーにゆるぎはありません。ランチタイムでしたら天丼は『海老天丼(2800円)』『野菜天丼(2800円)』『穴子天丼(3400円)』なども用意しておりますので、池波さんの愛した天丼をぜひ体験していただきたいですね」
ロビーには池波の筆による絵画も飾られている

居心地の良い1階のロビーには、自著の挿画も手がける腕前だった池波の手による絵画が飾られ、書物に使っていたライティングデスクが今も置かれている。多くの文化的エピソードに彩られた山の上ホテルだが、スタッフは気さくで敷居はけっして高くない。いつもより少しだけおしゃれをして、文豪たちが愛した空間と食事を楽しんではいかがだろうか。

てんぷらと和食 山の上

口コミ・写真など

※この情報は取材時の情報です。ご利用の際は事前にご確認ください。

取材メモ/学生時代より憧れていたホテルでしたが、スタッフの皆様のすばらしいホスピタリティで楽しい取材となりました。ワインバーもあるので、次回はそちらも訪れたいものです。

取材・文・撮影=杉山元洋

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