三重・志摩 漁師まちに幸あれ 新年をことほぐ神事 宇氣比神社

2018/02/12

三重・志摩 漁師まちに幸あれ 新年をことほぐ神事 宇氣比神社

海のそばに、緑の木々がこんもりと生い茂る。ここは浜島の鎮守の杜。宇氣比神社では、正月があわただしく、華やかに過ぎる。古くから伝わる「弓引神事と盤の魚行事」、そして笑顔で福を呼び込む「初えびす」が 漁師まちに受け継がれている。

中広

中広

しきたりを重んじる伝統の正月行事

新年一月の宇氣比神社は、晴れ晴れしくにぎやかだ。十一日は享保年間(一七一六~三六)より続く「弓引神事と盤の魚行事」、二十日には参列者みなで海に向かって笑う「初えびす」が、毎年行われている。

裃姿の祭り人が登場する厳かな「盤の魚行事」は、浜島の井上家に継承される神事で、御田の浜と呼ばれる神社隣の空き地で行われる。ボラを乗せたまな板を前にし、井上家当主が手を使わず真魚箸(まなばし)と包丁で捌き、頭と尾を垂直に立て、宝船をつくる。一連の所作はきびきびと奥ゆかしく、見学者は息をのんで見守る。出世魚として、縁起がいいボラは、神事の後に切り分けられ、豊漁と安全を祈願し、神棚や船に供えられる。

自由に枝を広げるタブノキ。鎮守の杜はクスノキやスダジイが茂る暖帯性常緑広葉樹林

参列者にボラが配られると、次は裃を身につけた片袖姿の中学生の出番だ。しきたりを重んじ、堂々たる弓引きがはじまる。かつて射手の二人は、神社を境に東側の「里区」と西側の「大矢区」から、漁師の家に生まれた長男が選ばれたという。さらに両親ともに浜島出身の家庭に限られていたそうだ。現在は厳しいしきたりにこだわらず地域も広げて選ばれる。世代も青年から中学三年生に年齢が下がり、現在は二年生にバトンタッチされた。

御頭と尾を立て大漁満足を祈念

十二月になると引き手を選び、一月五日には正式な依頼の挨拶、そして八日には的づくりや竹の準備を行う。「豊漁や海上安全を願う漁村で、弓引きは一年の操業を占うとされるため、祭りの日が近付くとピリピリムードが漂うんです」と宇氣比神社の宮司、横山比乃さん。浜島の生まれで、父の跡を継いで神社を守る。「浜島全体でも子どもが少なくなりました。漁師ではなくお商売のうちのお子さんでも、弓引きをお願いし、残していかないといけません。指導してくれる人も高齢化していたのですが、射手を経験した子が学校で弓道部に入り、祭りの前に教えにきてくれるんです」と安堵の笑みを浮かべる。

弓引きは大的・小的に二本一対の矢を三回ずつ、二人で合計二十四本の矢を射るが、最後の一矢「ハズシ矢」は浜に向かって放たれ、魔を払って幕を閉じる。

浜島の氏神、宇氣比神社

鼻欠けえびすを囲み一同で大きな初笑い

宇氣比神社のある森には恵比寿神社も祀られ、高さ二メートルを超す巨大な恵比寿像が、大きなタイを抱え、ふくよかな笑顔で鳥居横に佇む。その視線の先には太平洋の大海原が広がり、晴れの日の夕刻、海に太陽が沈むと、遙か彼方まで山並みがはっきりと浮かび上がる。潮風を感じる絶好のロケーションだ。

恵比寿は七福神の一人。海との暮らしが密接な志摩地方で、漁業関係者に特に大切にされている。ここ浜島では江戸時代に木像の恵比寿尊が安置されていたそうだが、風雨にさらされ劣化。昭和七年に地元有志によって現在の恵比寿像が再建されたという。

一般的な恵比寿像と異なるのは、鼻が欠けていること。漁師にとって「鼻を取る」は先を取るという意味で、「誰よりも早く漁場に行けるように」とゲン担ぎの現れとなっていて、漁師が鼻を削って持ち帰るのだ。

最後の一矢は海に向かって射る。的づくりに使用する糊は米と麦を炊いて用意するが、浜島では新年になって1月8日まで糊を使わなかったという話もある

一月二十日の「初恵比寿大祭」の日にあわせて、鼻は修復される。大漁満足、家内安全、商売繁盛などを願う神事の後、氏子や漁業関係者らが恵比寿像を囲み、海に向かって「ワッハッハ」と初笑いする。 「一同で両手を上げて大笑いするのは、まさに福を呼び込む幸せな光景。みんなで笑うのがいいんです。泣くのは一人でできますが、一人では笑えませんからね」と横山宮司。着任してからこれまで天候には恵まれているようだが、「大きな社会ニュースが起こって、笑うのを自粛した年もありました」と苦労を語る。心を一つにし、笑顔でふるさとを元気にしていきたいという祈りが込められている。

包丁と真魚箸だけで調理。浜島井上家に脈々と受け継がれている作法

緑の森豊かな浜島の守り神

平成二十八年に遷宮行事として社殿の修繕を行なった宇氣比神社では、本殿の飾り金具がキラリと輝く。「二十年を節目とし、建物だけでなく、世代間のつながりも絶たないように、神社を守っています。遷宮後にはアオサが高値で取り引きされたほか、マグロやカツオも水揚げされ、伊勢エビも好調。うれしい話が舞い込んできます」と横山宮司は声を弾ませる。

宇氣比神社は、元は八王子社といい、天照大御神と縁の深い五男三女の神々を祀っていたが、明治四年に改称し、村社となった。そして明治四十年には近くの弁財天社、恵比寿社、稲荷社など八社も合祀し、現在にいたる。

緑の森の中、鼻を取られてもにこやかな恵比寿像

神社周辺の樹叢(じゅそう)は緑豊かな鎮守の森で、県の天然記念物に指定(昭和十三年四月七日)されている。昭和三十四年の伊勢湾台風では多くの大木が倒れ、森は激変した。それから五十年、鳥の鳴き声が絶えず聞こえる森へと再生されている。

横山宮司は、恵比寿像までの木々に覆われた参道を「保育園がありますので防潮堤としての役目にもなればと樹木は伐らず、大きく育てています」と案内してくれた。

横山宮司は勤めの祭典を毎朝欠かさない。それを知らせる太鼓の音が、鎮守の森から浜島の町に心地よく響いている。

恵比寿神社の絵馬は、ふくよかな恵比寿とマルハチが目印
Yahoo!ロコ宇気比神社社務所
住所
三重県志摩市浜島町浜島681

地図を見る

電話
0599-53-0088
口コミ・写真など

※この施設の情報はYahoo!ロコから提供されています。

地域みっちゃく生活情報誌『さみっとくらぶ』

地域みっちゃく生活情報誌『さみっとくらぶ』

毎月28日

中広が発行する、各戸配布型のフリーマガジン 発行エリア:三重県志摩市 発行部数:20,700部

ハッピーメディア『地域みっちゃく生活情報誌』とは

ハッピーメディア『地域みっちゃく生活情報誌』とは

中広が発行する、各戸配布型のフリーマガジンのブランド名 仕様:A4 中綴じ冊子タイプ フルカラー 100頁以内 全国32都道府県で148誌8,987,479部発行中!(2018年1月末現在)

この記事を書いたライター情報

中広

中広

中広は岐阜に本社を置く広告会社です。 地元の情報を各戸配布のハッピーメディア(R)『地域みっちゃく生活情報誌(R)』のブランドで発信しています。

中広 が最近書いた記事

RECOMMEND

SPECIAL

SERIES