足袋産業の歴史を次代につなぐ埼玉・行田市の人々 足袋蔵のまち

2018/02/24

足袋産業の歴史を次代につなぐ埼玉・行田市の人々 足袋蔵のまち

地域みっちゃく生活情報誌『むさしる』では毎月、埼玉県行田市・鴻巣市近郊の、さまざまなテーマを取材した巻頭特集をお届けしています。記念すべき創刊号では、日本遺産にも認定された行田市の足袋蔵についてNPO法人ぎょうだ足袋蔵ネットワークの副代表理事である中島洋一さんに話を聞きました。

中広

中広

足袋蔵の再活用を通して、新たな交流場所を生みだす

地域の歴史的魅力や特色を通し、日本の文化や伝統を語るストーリーを文化庁が認定する日本遺産。平成29年4月、「和装文化の足元を支え続ける足袋蔵のまち行田」のストーリーが認定を受けた。

足袋産業関連の蔵である足袋蔵の価値を再発見したのは、NPO法人ぎょうだ足袋蔵ネットワークだ。同NPOは、全国に名の知られた足袋産業の歴史的遺産を保護し、まちづくりに役立てる活動を推進している。

行田市で足袋が作られ始めたのは江戸時代といわれており、最盛期の昭和13年の生産量は、約8500万足弱。全国シェアの約8割を占め、あまねく知られた存在だった。

NPO法人忠次郎蔵 代表理事 田村隆次さん

大量に作られた足袋を保管するために建てられたのが、足袋蔵だ。内部は、湿気を避けるため通気性を高め、反物を運びやすいように中央の柱を極力減らすなど工夫されたつくり。昭和29年にナイロン靴下の量産が始まると足袋の需要は激減し、足袋蔵もその役目を終えていった。現在、行田市内には約80棟の足袋蔵が残る。

NPOが発足したきっかけは、平成12年に行田商工会議所が中心市街地活性化のために行なった、まちづくり支援事業だった。

同NPOの副代表理事を務める中島洋一さんは、「NPOの立ち上げ以前から、足袋蔵の保存と再活用を進めたいと考えていました」と、当時を振り返る。代表理事の朽木宏さんをはじめ、同じ思いを抱いていた有志が集まり、平成16年にNPOを発足。現在は30代から70代まで、職業もさまざまな43人で構成されている。

「そば店忠次郎蔵」足袋蔵を改修したそば店。平成16年に行田市初の国の登録有形文化財として登録された 行田市忍1-4-6、TEL.048-556-9988、営業時間11:00〜14:00、月曜定休

同NPOの最初の事業は、足袋の原料を商っていた旧小川忠次郎商店の改修と、そば店としての再活用。名称を忠次郎蔵と改めた同所では、食事処とそば打ち教室が開かれ、まちの人々に新たな交流の場を作りだした。

「そば打ち教室の卒業生たちでNPO法人忠次郎蔵を設立し、ぎょうだ足袋蔵ネットワークから独立しました。いまでは会員たちが交代で店に立ち、そばを打っています」と話すのは、田村隆次さん。そば打ち教室の第一期卒業生であり、忠次郎蔵の代表として店を切り盛りする。

忠次郎蔵は開店後すぐに、店舗および母屋が、行田市初の国の登録有形文化財に登録された。その後、ぎょうだ足袋蔵ネットワークには、市内から蔵の再活用の相談が寄せられるようになる。そこから蔵の所有者と連携し、平成17年から毎年、足袋蔵再活用をアピールする蔵めぐりイベントも企画。いまでは、1回の参加者が1000人を超える人気イベントとなっている。

足袋とくらしの博物館では、足袋の購入が可能。カラフルな柄のものもある

ベテラン足袋職人の実演で人気を博す博物館

足袋蔵の改修は時間も労力もかかるが、中島さんにとって思い入れがあるのが、平成17年の、足袋とくらしの博物館の開館だ。自身が行田市郷土博物館で学芸員をしていたとき、来館者から何度も「足袋を作っているところを見たい」「どこで買えるのか」と聞かれ、施設の必要性を痛感していた。

NPOの活動に加わってからもその思いは消えずにいたが、あるとき、廃業した足袋工場が解体されると知る。工場の持ち主に交渉し、実演見学のできる博物館に改修しようと試みるも、簡単にはいかなかった。事業の着手までに時間がかかり、その間に持ち主が、工場内のミシンをすべて売却してしまったのだ。

「足袋のミシンは、専用に改造されています。いまは製造業者が激減しているので、修理用の部品を取るために同業者が買い取るのです」

足袋とくらしの博物館には、市内の小学生たちも課外授業で見学に訪れる。メモをとりながら、中島さんが話す行田の足袋の歴史に耳を傾ける

幸いにも別の工場から、年代物のミシン一式を譲り受けて事なきを得たが、一時は開館が危ぶまれ途方に暮れたという。

実演のためには、足袋職人の協力も必要だった。足袋の製造工程は13あり、職人たちは作業効率を上げるため、かかと、つま先、こはぜなどのミシン掛けや裁断といった工程を分業していた。全工程ができる職人は非常に少ないと、後から知ったと中島さんは話す。

博物館の開設準備段階から協力を申し出ていた島崎忠樹さんと中島栄作さんは、それぞれ60年近く足袋を作り続けてきたベテランであり、13工程、12工程ができる職人だった。

「ミシンは女性がかけ、裁断や足袋をしごいて形を整える力仕事は男性がしていました」と、いうのは中島栄作さん。ミシン掛けは教わったのではなく、女性たちから機械の調子が悪いから見てくれと頼まれるうちに、覚えていったそうだ。

「足袋とくらしの博物館」

島崎さんは、足袋のつま先のミシン掛けで、埼玉県の伝統工芸士として認定を受けている。つま先にふくらみを出すため、布に細かいギャザーを均等に寄せる、手間のかかる作業だが、「工業製品だから、当時は早くたくさん縫わなければいけなかった」と話す。

「もし、お二人がいなかったら実演場所を用意しても、足袋は作れなかったでしょう。本当に幸運でした」と、中島さんが笑顔を見せた。

「日本遺産認定は、新たなまちづくりのスタートだと思っています。足袋蔵の再活用を軸に、地域の方々が暮らしを楽しめるまちを目指したいです」と、結んだ。

平成29年10月、行田市の足袋工場を舞台にしたテレビドラマが放送され、全国から注目を浴びている。追い風を受け、大きく前進する足袋蔵のまちの、これからに期待したい。

地域みっちゃく生活情報誌『むさしる』

地域みっちゃく生活情報誌『むさしる』

毎月第4月曜日

中広が発行する、各戸配布型のフリーマガジン 発行エリア:埼玉県行田市・鴻巣市 発行部数:50,000部

ハッピーメディア『地域みっちゃく生活情報誌』とは

ハッピーメディア『地域みっちゃく生活情報誌』とは

中広が発行する、各戸配布型のフリーマガジンのブランド名 仕様:A4 中綴じ冊子タイプ フルカラー 100頁以内 全国32都道府県で148誌8,987,479部発行中!(2018年1月末現在)

この記事を書いたライター情報

中広

中広

中広は岐阜に本社を置く広告会社です。 地元の情報を各戸配布のハッピーメディア(R)『地域みっちゃく生活情報誌(R)』のブランドで発信しています。

中広 が最近書いた記事

SPECIAL

SERIES