精神科医として総合病院に勤務する傍ら、文筆、音楽、ラジオなどマルチに働く星野概念が「食べに行く」という行為を通して、「こころ」に関する気づきをひも解く。
Yahoo!ライフマガジン編集部
自分の色々な側面を育てるのは、とっ散らかってしまうようで一見合理的ではありません。でも本当にそうと言い切れるでしょうか。
こんにちは、精神科医の星野概念です。
この連載は、日常の食生活の中から僕が感じたり考えたりしたカウンセリング的要素をみなさんにご紹介するものです。
色々な面白さのある多面体のようなものや人が僕は好きです。そんな僕がとても大切にしている喫茶店を今回はご紹介します。
【目次】
1.とっておきの、普通と違う喫茶店
2.自分の色々な側面を否定しない
1. とっておきの、普通と違う喫茶店
・もうお店があんまりありません
この連載も始まってから結構長くなります。Yahoo!ライフマガジンの開始と同時に毎月更新しているので、回数を重ねるうちに、僕が知っているカウンセリング要素を強く感じるお店は紹介し尽くしつつあります。
もう、背に腹はかえられません。
今回は意を決して、僕があたため続けてきた、あまり人に紹介したくないほど好きな喫茶店を紹介します。
・新宿にあるエジンバラ
そのお店は
珈琲貴族エジンバラ
というお店です。
なぜエジンバラ?
エジンバラといえばスコットランドの美しい都市。そして映画「トレインスポッティング」の舞台でもあります。
うーん、やっぱり思います。
なぜエジンバラ?
だって、中華料理屋で中国の土地の名前が店名になっている理由は分かるような気がしますが、珈琲とエジンバラってどんなつながりが?
気になって聞いてみると、創業者の方がエジンバラを訪れて、感銘を受けたからということでした。
つまり、特につながりはなく、感覚的についた名前ということでしょうか。そうやって名前つけちゃうの、いいなぁ。
僕だったら、最近福岡がとても好きなので、「天神」とかにしてしまいそうです。ますます混乱を招きそうですが。
・エジンバラが普通の喫茶店と違う点①
エジンバラはいくつかの点で普通の喫茶店とは違います。
まずその①としては、やはりカフェメニュー。
メニューの一番上に君臨するのは
ロイヤルブレンド 3000円
え、珈琲1杯3000円!?
まさに貴族!
まさにロイヤル!
実はこれ、僕はまだ飲んだことがありません。説明書きには
「ブルーマウンテンをはじめ、世界の逸品ばかりをたっぷりとブレンドしました」
と書かれています。これは何か自分にとって記念すべきことがあった時に、一人でひっそりと飲もうと決めているメニューです。
他に、ロイヤルではないブレンド珈琲が6種類。
ブレンドではないストレート珈琲の豆の種類は8種類。
ほ、豊富!!
そして、アイス珈琲、フレーバーアイス珈琲の他、他の喫茶店にもあるようなメニューももちろんあります。
そんなメニューの中で一番注目すべきもの、それは先ほどのロイヤルブレンドではありません。なんとそれは
カフェオーレ
です。
きゃぁ、普通!
そうです。カフェオーレとは他のお店にもある、珈琲とミルクが混ざったアレです。
でも、珈琲貴族のカフェオーレはやはり貴族。
注文すると、店員さんが珈琲のポットとミルクのポットを両手に持ってテーブルまで来てくれて、
高くかかげます。
そして、その位置から、テーブルに置かれたコーヒーカップへ珈琲とミルクを注ぎ入れるのです。
神のようなデキャンタージュをするソムリエもビックリです。しかも高い位置から注がれているのに液体が飛び散ったりしない。
これによってフレーバーが強くなり、味がまろやかになるそうです。
もはや芸術とさえ言える注ぎ方。
ちなみに、他の珈琲も全てテーブルまでサイフォンで持って来てくれて、その場で注いでくれます。
なんとなく特別待遇を受けているようで、うーん俺は貴族だなぁ、と錯覚しそうになります。
・エジンバラが普通の喫茶店と違う点②
普通の喫茶店と違う点その②は、
純喫茶なのに……
全席電源完備!
無料Wi-Fiもコピー機もある!
そして
24時間営業!
という点です。
こうやって書くと、チラシの安文句みたいですが。これはすごいことです。
130席に全席電源ですよ。
なんてサービスなんでしょう。
しかも、Wi-Fiのパスワードを聞くと、店員さんが胸ポケットからパスワードの書かれたカードを渡してくれます。
このちょっとした儀式も好きです。
・エジンバラが普通の喫茶店と違う点③
さぁどんどんいきましょう。
違う点その③は、
置いてある本の偏りが素敵
そして、すごく充実している
ということです。
お店の中には大きな本棚が2つあります。
「エジンバラ文庫」
と書かれていて、購入もできるようになっています。なんでも、古本屋さんが選書しているそうです。
そのラインナップは、映画や落語、そしてSFものが目立ちます。
この偏り!
ちなみに、先日僕が手にしたのは
ハヤカワ「ミステリマガジン」
特集「インディ・ジョーンズとライヴァルたち」
(五月女ケイ子さんがインディを描き倒していました)
レコードコレクターズ
特集「Pファンクとジョージ・クリントン、美空ひばり」
(なんでこの2組が……)
他にも「The INTERVIEWS」という様々な偉人たちのインタビュー本があって、中でも目立ったのは
輪島功一「耳にかじりついても勝つ」
とか
仲代達矢「役者なんかおやめなさい」
などでした。
本当に、絶対全部は読みきれないほど魅力的な本たちが並んでいます。
・エジンバラが普通の喫茶店と違う点④
僕が思う、普通の喫茶店と違う点の最後、その④は
店員さんの素晴らしさ
です。
もちろん、普通の純喫茶の店員さんも素敵で、サービスも粋だったりすると思います。
でも、エジンバラの店員さんの、感じの良さ、そして気づきの早さには目をみはるものがあるように思います。
先ほども書きましたが130席もあるんです。それなのに、呼んでも来ない、ということは経験したことがありません。
それどころか、こちらが手を挙げると、その時点ではたまたま背を向けていた店員さんが
なぜだか振り向くようなことが何度もあります。
すごいアンテナ!
しかも、前述の通り、全てのコーヒーをサイフォンでいれに来てくれるのです。
・珈琲貴族の多面体的なよさ
このように、普通では味わえないような良さ、面白さが、少し考えただけで4種類も思い浮かびます。
電源もWi-Fiもあるからガッツリと仕事に打ち込むこともできるし、仕事に疲れたら少し変わった読書で気分転換することもできます。
そして、それらを支える店員さんのサービス。
僕は貴族という身分の人に実際は会ったことがないので、想像上の貴族ということになりますが、なんだか本当に貴族になったような気分になれるすごいお店なんです。
そして、珈琲貴族を出るとそこは酔っ払いの街、新宿三丁目。お店を出て三丁目の地を踏んだ時の、「城の中から城下町にもどってきたような感じ」もまた楽しいのです。
2.自分の色々な側面を否定しない
珈琲貴族で感じたのは、良さの多面体ということでした。
もしも、珈琲貴族が「いわゆる純喫茶たる純喫茶」を目指していたらこうはならないはずです。
なぜなら純喫茶とは純粋な喫茶店。
「純喫茶は酒類を扱わない」という明確な決まりはあるようですが、その他にも珈琲やケーキを純粋に楽しむ場所、というイメージがあるように思います。
そうなると、電源やWi-Fiやコピー機など「仕事」とつながりのある機能や、謎な選書の「本屋」としての機能は、いらない機能として切り捨ててしまいそうです。
でも、それらの側面を否定しないことは、珈琲がそこまで好きじゃなくても読書がしたい、とか、しばらく仕事で調べ物をしたい、とか、色々なニーズを満たしうる多面的なお店づくりにつながります。つまり色々な魅力を感じさせうるということです。
これは人間の魅力にも同じことが言えそうです。
自分の職業は「○○」だから、それ以外はやる必要がない。無駄なことだ。と切り捨ててしまうのもストイックで素晴らしい形です。
でも、実は「△△」にも興味があるから、仕事には直接繋がらないけど勉強してみよう、とさまざまな側面を育てることが思わぬ場面で生きてくることがあります。
現に、僕は精神科医ですが、お酒をはじめとした発酵食品に興味があり発酵の勉強もしています。
その側面で繋がる楽しい人間関係があったり、発酵を専門とするトークイベントまでするに至りました。
仕事などに直接生きてくるビジネス書を参考にするのはとても有用ですが、珈琲貴族でSFや落語の知識を身につけるのもきっとどこかで役に立つはず。
自分を多面体に育てたい。
そう思わせてくれる珈琲貴族エジンバラが僕は大好きです。
文・構成:星野概念
イラスト:権田直博
星野概念(ほしのがいねん)
精神科医
権田直博(ごんだなおひろ)
画家