“アナログレストラン”とは犬養裕美子が選ぶ「いい店」。作り手がその場できちんと料理をしていること。小さくても居心地のいい空間とサービスが楽しめる。かつ良心的な値段。つまり人の手と手間をかけた「アナログ」で「アナ場」な店を探しました。第4回は目白「スペインバル」。
犬養 裕美子
レストランジャーナリスト
モダンスパニッシュではないから長続きするんだと思う
JR目白駅から山手線に沿って池袋方面へ5分ほど。西武池袋線とクロスする場所のビル2階。急な鉄の階段、スペインから運んできた頑丈な造りの木製扉は、初めてではかなり入りずらい。が、意を決して開けてみると、家族連れや若いカップルで席が埋まっているのでひと安心。サービスの女性がキビキビと席に案内してくれる。
メニューはタパス、ピンチョス、野菜料理、魚料理、肉料理、パエリア、デザート、そして黒板には季節の素材を取り入れた料理が書かれている。料理はシェフ一人で作るが、とてもテンポよく運ばれてくる。
「店を始めたのは14年前。スペイン料理といえば、パエリアぐらいしか知られてなくて」。サービスの女性は実はこの店のオーナー、澤田るるさん。大学卒業を機に、お母さまと二人で店を始めた。「スペインとフランスの境にあるナバーラの料理がベース。祖父の生まれ故郷なんです」。
2009年にお母さまが引退、代わりにるるさんと結婚した澤田佳憲さんがシェフに就いた。
「彼とは学生時代からのつきあいで、店のお客さんでもあったんです」(るるさん)
「何の経験もない僕が料理人になろうと思ったのは、この店でオリーブを食べたことからなんです。小さいオリーブの実をいくら食べても飽きなくて。料理も面白そう、と興味がわいて」(佳憲さん)
スペインにいる知り合いの元に何度か通って料理を学び、あとは実践あるのみ。もともと細かい作業をいとわない性格は、料理人向きだったようだ。
オリーブオイルが自家製
そんなバル、初めて!
この二人がスゴイところは、オリーブオイルにこだわり、自分たち自身で仕込んでいること。
「現在、ヨーロッパでもオリーブオイルの品質を厳格に守っているところは少ないし、非常に高額なんです。そこでイタリアのトスカーナのオリーブ畑を紹介してもらい、自分たちで収穫と仕込みまではやることにしたんです」(るるさん)
毎年11月は店を休んでオリーブオイル造り。そのせいで、ここの料理はオリーブオイルをたっぷり使っているにもかかわらず、軽やかでもたれない。それを何より感じるのが、ピンチョス(パンの上に具材をのせたカナッペ)、アヒージョ(野菜や肉、魚介のオイル煮)そしてパエリアだ。
科学的な技術を駆使した現代料理が話題になり革命的な変化を遂げた現代スペイン料理だが、ここではそんなトレンドは関係なし。あくまで日常の食卓、故郷の食文化を伝えている。こんな場所で14年、しかもオリーブオイルまで自家製のバルがあったなんて。やっぱり東京は侮れない。