酒場詩人・吉田類さん 永眠のアジアゾウはな子に「ありがとう」

2016/05/28

酒場詩人・吉田類さん 永眠のアジアゾウはな子に「ありがとう」

1949年に来日、国内最高齢(69歳)のアジアゾウとしても知られる、井の頭自然文化園の人気者・はな子が5月26日に永眠した。現在、ゾウ舎の前には献花台が置かれ、多くの人が献花に訪れている。

Yahoo!ライフマガジン編集部

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戦後の日本人を元気づけた
はな子に感謝

東京都武蔵野市の井の頭自然文化園で長らく人々の心を和ませてくれていたアジアゾウのはな子が5月26日に永眠。1949年に戦後最初のゾウとして来日、戦後の東京を巡回し、人々を元気づけ、国内最高齢となった69歳まで多くの人々に愛された。

タイ・バンコクから神戸まで船、東京の汐留駅までは汽車、上野動物園まではトラックで移動したという

「今日は『ありがとう』が言いたくてここに来ました」

自らのエッセイの中で、幾度となくはな子のことを書いたという酒場詩人・吉田類さん。27日の朝にはな子永眠の知らせを聞き、その日のうちに献花をするために井の頭自然文化園を訪れた。

「連載の原稿を書くときや俳句を考える際に、井の頭恩賜公園や井の頭自然文化園には昔からよく来るんです。一番最初に来たのは40年くらい前かな。はな子は外に出ていることが多かったので、近くまで行ってよく眺めていました」(吉田類)

ゾウ舎の前に設けられた献花台に花を手向ける吉田類さん

井の頭自然文化園を訪れると、必ずはな子に会いに来ていたという吉田類さん。

「ある日、はな子に会いに行こうと井の頭自然文化園に来たんです。季節は春でしたが、季節はずれの雪が降った寒い日で。その時ふと考えたら、はな子はアジアゾウだからあったかい国からここに来ているはずだと。はな子はこの寒さをずっと耐えてきたのだと思ったら、すごくありがたい存在だと思って。こんなに環境が違うなかで、ずっと戦後の日本人を勇気づけてくれた、日本人の気持ちを支えてくれたんだと感謝の気持ちでいっぱいになりました」(吉田類)

ゾウ舎の前の献花台の横には、はな子の数々のエピソードが紹介されている

BS-TBSの人気番組「吉田類の酒場放浪記」で毎回酒場俳句を詠む吉田類さんだが、以前はな子のことを詠んだ俳句があるという。

またひとつ 星の流るる 象の背に

「これは秋頃に作った句。ゾウ(はな子)の背中に星が流れていったよ。という句です。はな子との出会いがあってこの句を詠ませてくれたと感謝しています」(吉田類)

献花のあと、井の頭自然文化園から徒歩約5分の場所にある「いせや」へ。ここを訪れた際にはよく利用するという井の頭通りに面したカウンターではな子へ献杯

井の頭自然文化園を出て吉祥寺駅方面にある「いせや」へ向かう途中、花を手にしたビジネスマンや親子連れと何度もすれ違った。はな子の献花台は2週間ほど設置されているという。

はな子の生涯
1947年(0歳)タイ、クンジャラ農園で春頃に誕生
1949年(2歳)日本に到着、公募により「はな子」と命名
1950年(3歳)移動動物園で東京を巡回、人々を元気づける
1951年(4歳)移動動物園で巡回中に伊豆大島で脱走騒ぎ
1954年(7歳)上野動物園から井の頭自然文化園にトラックで移動
1965年(18歳)運動場と観覧柵の間のモート(空堀)に落ちる
1977年(30歳)木造からコンクリート造りの新しいゾウ舎に引越し
1982年(35歳)便秘になる
1983年(36歳)歯が残り1本に
2004年(57歳)来園50周年を記念して盛大なお祝い会が開催
2007年(60歳)還暦を迎える
2011年(64歳)第3回日本動物大賞動物功労賞受賞(日本動物愛護協会主催)
2013年(66歳)アジアゾウの国内最高齢記録を更新
2016年(69歳)5月26日永眠

撮影・文=Yahoo!ライフマガジン編集部

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