完全予約制で2年待ち。場所は非公表。人気の焼肉店が手がける幻の店「クロッサムモリタ」に潜入した。そこで味わった驚きの「体験」とは?
Yahoo!ライフマガジン編集部
予約待ち2年!「クロッサムモリタ」とは一体どんな店か
神田にある「六花界(ろっかかい)」という立ち食い焼肉屋をご存知だろうか。神田駅そばのガード下にある、わずか2.2坪の焼肉店。狭い店内には2つの七輪だけ。10人も入れば満席の店内では客は立って飲食をする。雰囲気は大衆的だが肉は最上。その画期的なスタイルが話題となり、あっという間に人気店となった。「クロッサムモリタ」はその「六花界」の系列の最高峰に位置する。
「六花界」の行きつけになると、「五色桜」「吟花」という店の会員になれる。会員になっても店を訪れるには数カ月待ちは当たり前。そして、ようやく「初花一家」という店に行ける権利を得ることができる。この店の予約も1年待ち。だが、これで終わりではない。このピラミッドの頂点に君臨する完全会員制の焼肉屋があるのだ。それが「クロッサムモリタ」だ。
この店にはいくつかのルールがある。味の感想以外の私語厳禁。携帯電話は使用禁止。店についてSNSに書いてはいけない。確かにインターネットで検索してもこの店の詳しい情報は出てこない。予約は現在2年待ち。誰しもに広く開かれた店ではないことがよくわかる。
この店に初めて来るひとの姿勢は3パターンに分かれると森田さんは言う。
- 「クロッサムモリタ」オーナー森田隼人
- 「クロッサムモリタ」オーナー森田隼人
- 「まずは不機嫌になる方。なんでこんなに制約されなくてはいけないんだという反発ですね。自分の話で恐縮ですが、私は(そんなことできるわけない)(そんなの無理だ)といろんな反発をバネにしてそれを乗り越えてきた。だからそういった反応をされると燃えるんです(笑)。2つ目はガチガチに緊張されている方。3つ目は最初からワクワクしている方」
入り口は3つでも出口は1つ。帰るときにはすべての客が笑顔になって帰って行くという。
- 「クロッサムモリタ」オーナー森田隼人
- 「クロッサムモリタ」オーナー森田隼人
- 「極端なことを言ってしまえば、おいしい料理は戦争を止められる力を持っていると思うんです。例えば、小さな例で言えば子供が喧嘩をしているときにお菓子をあげると、その瞬間だけは諍い(いさかい)がストップしますよね」
もちろん、そんな簡単なものではないけれど、おいしいものにはそれだけの力があると森田さんは熱く語る。
- 「クロッサムモリタ」オーナー森田隼人
- 「クロッサムモリタ」オーナー森田隼人
- 「徹底的に料理とその時間を楽しんでもらいたいんです。それには、その人だけの空間を作ればいい。そう思ったのがこの店をオープンした大きな理由の一つです」
日本酒と肉が合う完璧なロジックとは
毎日のように変わるメニューは肉を中心に据えている。そのすべての料理に関してペアリング、つまり日本酒と合わせることが念頭に置かれている。だが、森田さんが六花界をオープンした当初から提案していた「肉と日本酒」という組み合わせは、当時はまだ一般的とは言えなかった。
- 「クロッサムモリタ」オーナー森田隼人
- 「クロッサムモリタ」オーナー森田隼人
- 「日本酒と焼肉は基本的に合わないんです。なぜなら日本酒は魚、ミネラルと出汁に合わせるために作られているから。しかし、世界で唯一肉と合わせているお酒があった。それがマッコリでした。日本酒とマッコリの違いは、もち米かうるち米かの差だけ。それを埋める作業をした日本酒を作り上げました」
「花泉酒造」という蔵元の酒は素晴らしかった。マッコリのような爽やかな口当たりで、酸味が肉の油を丁寧に切ってくれて後味も良かった。
- 「クロッサムモリタ」オーナー森田隼人
- 「クロッサムモリタ」オーナー森田隼人
- この蔵の「ロ万」との可能性を発信したのは9年前。僕はこの日本酒を本気で広めたいと思ったんです。でも、すでに日本酒を飲んでる人にアプローチしても、日本酒好きの絶対数は増えない。だからビール、ハイボールをターゲットにしたんです。そっちの方がパイがでかいじゃないですか」
SAKE EXPERIENCEとは
肉の熟成方法にも日本酒が活躍している。近年ドライエイジングという肉の処理法が人気だが、発祥のアメリカと違う風土の日本で同じ方法は通用しない。日本酒吟醸熟成と呼ばれる手法は、日本酒を肉にかけることで、糖分を含む酵素が入って死後硬直が緩む。カビの菌は日本酒の中の乳酸とアルコールが揮発するカビの菌を食べてくれる。水分を含むので歩留まりが悪くならない。
- 「クロッサムモリタ」オーナー森田隼人
- 「クロッサムモリタ」オーナー森田隼人
- 「肉自体のアミノ酸が増えるので旨味も上がりますよね。この肉を日本酒に合わせる。そうしてすべてのストーリーが繋がるんです」
森田さんが大事にしているのがストーリーだ。日本酒が好きでも、実際に蔵元に行ったことがないという人がほとんどだろう。その人たちが、実際に酒造りという物語を体験することで、より身近に感じてもらえると考えた。
それがVRを駆使した「SAKE EXPERIENCE」( 酒エクスペリエンス)だ。
森田さんはこれまでも日本酒のことを繰り返し喧伝してきた。しかし、完璧に人々の心の中に浸透しているとは言い難かった。そこに「EXPERIENCE(体験)」を導入することで、さらに日本酒に対する理解を深めてもらおうと考えたのだ。国内ではすでに好評を得ている。
- 「クロッサムモリタ」オーナー森田隼人
- 「クロッサムモリタ」オーナー森田隼人
- 「日本酒をもっと広めるために、海外にもこのシステムを持って行きますよ」
そして体験するもう一つのEXPERIENCE
1階で30分ほど料理を楽しんだあとは2階に移動する。ここにも森田さんからのサプライズとエクスペリエンスが用意されている。
座席につくと照明が暗転する。音楽が流れ始める。何かが始まる予感がする。
もともと人を楽しませたり驚かせることが好きだったという森田さん。音楽と映像の嵐、そして目の前に提供される極上の一皿。これは最高の「肉のエンタテインメントショー」なのだ。
- 「クロッサムモリタ」オーナー森田隼人
- 「クロッサムモリタ」オーナー森田隼人
- 「これは僕なりのホスピタリティ。僕はこの時間をとことん楽しんでほしい。ただそれだけ。人生は思ったよりも短いんです。僕の提供する空間で人生をもっと楽しんでもらえたら、これに勝る幸せはないと思っています」
すべてが謎に包まれたクロッサムモリタ。だがそこには驚きの「エクスペリエンス」と「感動」が待っていた。死ぬまでに一度は訪れたい「クロッサムモリタ」への足がかりとして、まずはおいしい肉と日本酒を楽しめる立ち食い焼肉の始祖「六花界」に足を運んでみよう。
取材・文/キンマサタカ(パンダ舎)
撮影/原幹和