旅行や出張で多くの人が行き交う名古屋駅。その界隈には、味噌かつや手羽先、味噌かつなど名古屋めしの有名店が軒を連ねている。が、多くの種類の名古屋めしをアテに昼飲みできる店は意外と少ない。そんな中、見つけたのが名古屋駅太閤通口を南へ徒歩1分の「名古屋大酒場 かぶらや 総本家」だ。
Yahoo!ライフマガジン編集部
ショーケースにズラリと並ぶお番菜に食欲をソソられる!
ココは、地元で居酒屋やレストランを手がける「かぶらやグループ」の運営だが、チェーン店と侮るなかれ。約30年にわたって、「居酒屋とは?」を自問自答し続けている社長の岡田憲征さんの知恵と想いがギッシリと詰まっているのだ。
店に入ると、目に飛び込んでくるのが、ショーケースに並んだポテトサラダやだし巻き玉子、肉じゃがなど日替わりのお番菜の数々。どれもおいしそうで、前を通ると、否が応にも「どれを食べようか?」と、思わずケースをのぞき込んでしまう。
「僕が抱く居酒屋のイメージは、カウンターの上に並ぶ大皿に盛られたお番菜だったんです。お番菜の見せ方や衛生面を考えて、このスタイルに辿り着きました。なかなかイイでしょう?」と、岡田さんは人懐っこい笑顔で語った。
まずは、「お番菜盛り合わせ3種」(980円)を注文。内容はお任せで、この日は「ナスの煮浸し」と「麻婆豆腐」、「ポテトサラダ」。見ての通り、2人でシェアしても十分なボリューム。1人飲みなら、これだけでビールや酎ハイが2杯はイケる。
特筆すべきは「ポテトサラダ」のうまいこと! ジャガイモの潰し具合や塩加減、どれをとっても完璧な味付け。しかも、細かく刻んだゆで卵の風味もアクセントになっている。チェーン店とは思えない完成度の高さだ。
「店へ来られて最初にポテトサラダを注文されるお客さんが多いですから、特に手を抜くなとスタッフにいつも口うるさく言ってるんですよ。あ、飲み物はいかがいたしましょうか?」と、岡田さんはドリンクメニューを見せてくれた。
そこで目がクギ付けになったのがサワーの名称。すべて地元大学の名前が付けられているのだ。聞いてみると、サワーひとつで客同士の会話が盛り上がってもらえればということだった。大変だったのは、大学名とサワーの中身をいちいち覚えねばならなかったスタッフだ(笑)。
17種類ものサワーから選んだのは、岡田さんの出身大学である「名古屋経済大学サワー(レモン)」(450円)。グラスを傾けながら、「名古屋大酒場 かぶらや 総本家」について、岡田さんに話をうかがうことに。
サラリーマンが「あの頃はなぁ…」と語り合う場にしたい
岡田さんは、サラリーマンを経て料理の世界へ飛び込んだ。1992年、東区泉に開店させた「洋食店 嚆矢(かぶらや) 母屋」を皮切りに「洋食 嚆矢」は、はなれと分家、 喰堂(くらうどう)と計4店舗を展開していた。が、母屋はビルの立ち退きのため閉店を余儀なくされた。他の店も残念ながら今は残っていない。
「洋食店 嚆矢」は、当時、名古屋で大ブームとなった洋風居酒屋の先駆けだった。ココ、「名古屋大酒場 かぶらや 総本家」は、5年前に開店。その名の通り、ど真ん中の居酒屋である。岡田さんは洋風居酒屋という業態にはまったく執着していない。
「まず店の場所ありきでコンセプトというか、利用シーンを想定するんです。名古屋駅太閤通口から近いココに店を出すこととなったとき、思い出したのは別の店でサラリーマンのお客様がお酒を飲みながら『あの頃はなぁ……』と嬉しそうに話していたことでした。“あの頃”というのは、その人が人生でいちばん輝いていたときでしょう。それを語り合える場にしたいと思ったんです」
そのもくろみ通り、関東や関西から出張で訪れたサラリーマンが多く来店した。この日も14時をまわる頃には名古屋でひと仕事を終えたサラリーマンが昼飲みを楽しんでいた。彼らのニーズに応えるべく、メニューは名古屋めしがメイン。周りの客がおいしそうに食べていたのが「手羽先唐揚げ」(3本・420円)。
言わずと知れた名古屋の居酒屋の定番メニューだが、大ぶりな手羽先を使用していて、頬張るごとにジューシーな肉汁が溢れ出す。甘辛いタレとスパイシーなコショウとのバランスも秀逸だ。うん、これはまさしく名古屋の味。サワーが進みまくる。
「味噌串カツ」(1本・180円)もまた定番中の定番。やたらと甘い味噌ダレの店もあるが、ココのはお酒との相性を考えて甘さ控えめ。どて煮や味噌おでんの鍋に浸した味噌串カツも多い中、ココの味噌ダレは味噌串カツ専用に仕込んだ自家製。
「僕は広島の田舎で生まれ育ちましてね。逆によそ者だからこそ、名古屋めしの面白さというか、魅力が伝えられると自負しています。それと、ウチは専門店ではなく居酒屋なので、値段を抑えねばならないため、高価な食材は使えません。だから、それをカバーする味噌ダレには相当こだわってますよ。味噌串カツに限らず、味噌おでんとどて味噌煮込み、鶏ちゃん焼に使う味噌ダレもそれぞれ仕込んでいます」
これからの季節にオススメなのが、「味噌おでん」(650円)。しかも、席へ運ばれる直前まで熱した鉄製の鍋に盛られて提供される。グツグツという食欲を掻き立てる音や立ち上る湯気も料理をおいしくさせるエッセンスであることをちゃんと理解しているのだ。
関東煮に味噌ダレをかけた、いわゆる「あとがけ」タイプの味噌おでんではないのはご覧のとおり。どの具材も味噌でじっくりと煮込まれていて、大根も中までシミシミ。ハフハフ、フーフーしながらかぶりつくと、味噌のコクとともに大根の旨みがジュワッと広がる。サワーを飲み干して「日本酒」(1合・480円)に切り替えたのは言うまでもない。
「たまによその店に視察へ行くのですが、僕は飲食店のトレンドや流行のグルメには興味がないんです。それよりも地方にある公設市場で永いこと地元の人々に愛されている食堂。僕が考える店の利用シーンは、目標ではなく、あくまでも序章にすぎません。目標はそこで働くスタッフが立てるものです。だから、ウチにはマニュアルやルールはないんです。店というのは、スタッフがお客さんとともに育んでいくものだと思っています。スタッフの皆が考えて決めたことを僕は全力で応援します」
〆に注文した「どてめし」(520円)も居酒屋というよりは、作業服やニッカポッカ姿の客が足繁く通う食堂の味。じっくりと味噌で煮込んだ牛すじとホルモンがとてもやわらかく、ご飯と見事に一体化している。シャキシャキとしたネギの食感もよく、思わずご飯を掻き込んだ。
これまで私はフードライターとして飲食店を料理の旨さが7割、接客が2割、雰囲気が1割で評価してきた。そうではなく、名作と呼ばれる映画や演劇のように、役者の演技だけではなく、音楽や舞台のセットなどすべてにおいて完璧でなければならないのだ。岡田さんは店における総合演出であり、総監督でもあるのだ。だからこそ、岡田さんの言葉の一つ一つはとても重たく、心に響く。最後に「居酒屋とは?」との質問をぶつけてみた。
「人がお互いの目を見て話ができる場所、ですね。料理もお酒も接客もそのためにあると僕は思っています」と、岡田さん。今回は自分一人で昼飲みを楽しんだが、次回は気心知れた友人を誘おうと心に決めて店を後にした。
取材・文・撮影/永谷正樹