アメ横の高架下で味わう70年の歴史【東京商店街グルメ#3】

特集

東京商店街グルメ

2018/10/31

アメ横の高架下で味わう70年の歴史【東京商店街グルメ#3】

商店街は日常生活の場であると同時に、街歩きも楽しませてくれる包容力を持っている。そこで、最近では海外の旅行者にも注目されている東京エリアの商店街をシリーズでご紹介。第3回は台東区の上野にある「アメ横」を食べ歩いた。

Yahoo!ライフマガジン編集部

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「アメ横」ってどんなとこ?

上野恩賜公園から見た1963年ごろのアメ横。右側の「京成聚楽ビル」は、1936年に日本初の全階が飲食店の「食堂デパート」として開業。跡地は現在のヨドバシカメラ マルチメディア上野店(写真提供:小島屋)

心地よいリズムを響かせて、緩くカーブした頭上の線路を電車が行き交う「アメ横」。JR上野駅から御徒町駅まで、およそ450メートルのガード下を中心に約400の店舗が集まり、1日に約3〜10万人、年末年始などには約50万以上の人で賑わう大型商店街だ。

現在のアメ横のメインストリート「アメ横通り」と「アメ横センタービル」(写真右)周辺。バブル経済崩壊後は鮮魚などの生鮮食料品店は減り、観光客向けの飲食店が増えた

アメ横のルーツは第2次世界大戦終結後、食べる物と仕事を求めて上野駅周辺に人々が集まって発生した闇市だと言われている。名前の由来は、甘いものが貴重だった当時に人気だった芋アメを扱う露天商が多かったことから「飴屋横丁」と呼ばれたとも、アメリカ軍の物資が手に入るので「アメリカ横丁」と呼ばれるようになったなど諸説ある。

1963年ごろのアメ横通り周辺。現在の「アメ横センタービル」の場所には、1946年創業の商業ビルの「近藤マーケット」(写真右上)があった(写真提供:小島屋)

闇市は当時、新宿や渋谷、池袋などの繁華街にも存在したが、多くはGHQ(連合国軍最高司令部)による露店撤廃令によって1951年までに姿を消した。しかしアメ横では、仮設市場の「近藤マーケット」の建設や、国鉄がガード下を区画整備して商業地化を進めたため廃止されることなく、今なお闇市から発展したという、都内では有数の商店街として歴史を刻み続けている。そんなアメ横のガード下で老舗の味を楽しみながら、70年以上続く歴史ある商店街を訪ね歩いた。


\食べ歩いた老舗3店はここ/
1:小島屋(ナッツ、ドライフルーツ)
2:珍々軒(町中華)
3:レストランじゅらく 上野駅前店(洋食)
コラム:アルバカーキ(レザー専門店)


アメ横の新名物は煎りたてナッツ

スポットその1:「小島屋」

御徒町駅寄りのガード下にある小島屋

最初にやってきたのは、ナッツやドライフルーツを扱う1945年創業の「小島屋」。以前「つまみ特集」に登場してくれた2代目社長の小島和之さんに、アメ横について伺うことに。

ーーアメ横の成り立ちを教えてください。

小島屋代表・小島和之さん
小島屋代表・小島和之さん
「それがね、よく聞かれるけれど、戦後復員した父・小島正助(まさすけ)がこのあたりで商売を始めた1945年当時は、終戦直後の混乱で確かな記録が残ってないんだよね」
「我ながら足腰が丈夫だなって思う」と笑う、御年75歳の2代目社長・小島和之さん

ーーそれで名前の由来にも諸説あるわけですね。

小島さん
小島さん
「終戦直後に父は、ここより御徒町寄りの場所でスルメなどの乾物や、甘納豆などを商っていました。とにかく食料が乏しく、物さえあれば飛ぶように売れた時代で『アメ横に行けば品物がある』という闇市の露店が多くの人を引きつけたんだろうね」

ーー露店を経て市場となった?

小島さん
小島さん
「集まった買い物客を目当てに、さらに物資が集まるという、1945年当時の好循環がアメ横の基礎となったのでしょう。ガード下の店舗は、旧国鉄が戦後復員した職員が生活できるよう、敷地を店舗として斡旋したのが始まり。職員の人数が多かったため、店舗の大きさは1区画2.5坪程度と狭かった」

ーー今でも魅力を放つ小さな店舗はそうやって生まれたのですね。

小島屋の店頭には、世界中から選りすぐられたナッツやドライフルーツが並ぶ
小島さん
小島さん
「戦後も2〜3年経つと心に少し余裕が生まれるので、甘い物がほしくなるよね。そこで小島屋でもアメリカ製のプルーンやレーズンを扱い始めたわけ。そのころガード下に空きができたので店舗を構え、その後1960年代にこの場所に移転したんです」

ーー小島さんは今も店頭に立たれることが多いですね。

小島さん
小島さん
「もう50年以上もアメ横を見続けてきたわけだね。アメ横の成り立ちははっきりわからないと話しましたが、商店街では来年(2019年)を70周年の節目としてお祝いする予定なんです」

\70年前の小島屋はこんな感じ/

1950年ごろの小島屋。写真左が初代社長の小島正助さん、中央のメガネをかけた青年が2代目の和之さん(写真提供:小島屋)

ーーファッションなどの専門店も数多くあります。

小島さん
小島さん
「1930年あたりから、『PX(ピーエックス)』と呼ばれるアメリカ軍基地の売店で扱われていた配給品が集まるようになった。当時は兵隊さんの中にもズル賢いのがいて、物資をごまかしてはアメ横で売り飛ばしていたんだろうね」
ガード下の中央エリアにはファッションや時計の専門店も

ーー「訳あり品」……ですかね。

小島さん
小島さん
「うん、まあ、そういうことかな。まだ物流が機能しておらず常に物が不足していたので、出どころは怪しいけど質は高いから大目に見てちょうだいってこと。それが口コミで『アメ横に行けば良い品が安く買える』と評判になった。同じころに『舶来品』と呼ばれる輸入品も集まるようになって専門店が増えていきました」

ーーかつては鮮魚店が多かった印象があります。

小島さん
小島さん
「メインストリートには魚屋さんが多かったけど、多くは観光客向けの飲食店になった。アメ横は業種転換に寛容な気風があり、小さな店で隣同士の様子がわかりやすいので、繁盛している店があると『ウチもやろう』とすぐにマネをする。例えばある日突然、飴菓子屋が舶来ライター専門店に商売替えしても誰も驚かなかったわけ」
「以前うちはこのへんにあったんだよね」と、商店街MAP片手に知られざる歴史を話してくれる小島社長

ーー変わり身が早い(笑)。

小島さん
小島さん
「悪く言えばセコいんだけど、商売人ならではのバイタリティと呼びたいよねぇ。でもそれが良いものを安く提供する伝統に繋がっているわけ。昔話はこの辺にして、煎りたてナッツでも食べてみる?」

ーーぜひお願いします! ナッツを店頭で煎ってくれるなんて初体験です。

\小島屋自慢の店頭焙煎機!/

「ギリシャのナッツ専門店で見かけた煎りたてナッツがおいしかったのですぐマネしました」(小島さん)
小島さん
小島さん
「数年前にギリシャへ仕入れに行ったとき、ナッツの店で煎りたてを出してくれてね。それがあまりにもおいしくて帰国後すぐマネた(笑)。5分でできるからちょっと待っててね」

\5分で煎りたてが完成/
「ピスタチオ」(100グラム700円)

煎りたてのイラン産ピスタチオ(100グラム700円)は色も鮮やか!

ーーほんのり温かくてしっとりした歯ごたえは初体験です。甘みも香りも普通のナッツより豊かに感じます。

小島さん
小島さん
「煎り足りないと香ばしさが出ないし、煎りすぎると風味が飛んでしまうので、スタッフみんなで温度や焙煎時間を何度も試行錯誤しました」
煎りたてナッツは商店街散歩に便利な小袋に入れて提供してくれる
小島さん
小島さん
「アーモンド(170グラム500円)やカシューナッツ(100グラム500円)もあるので、本物のナッツとともにアメ横散策の魅力も味わってもらえれば嬉しいですね」

「専門店に足を運んでくれるお客様は、商品に思い入れがあるだけにシビア」と話す小島さん。しかし、一度気に入れば熱心なリピーターになってくれるため、やりがいも大きいのだそう。小島屋特製の煎りたてナッツをつまみながら、アメ横散策を続けることに。

小島屋

口コミ・写真など

※この情報は取材時の情報です。ご利用の際は事前にご確認ください。


60年守り抜いた「ちょうどいいラーメン」の味

スポットその2:「珍々軒(ちんちんけん)」

ガード下の谷間に赤い店構えが映える

「若いころからタンメンが大好きだったなぁ」と、ナッツの小島屋の社長・小島さんが話してくれたのが、上野駅寄りの高架の谷間で古くから営業を続ける町中華の名店「珍々軒(ちんちんけん)」。

亡きご主人から店を引き継いだ店主の河田喜代美さん。息子さんやスタッフと一緒に切り盛りしている

ーー何年前から営業されているんですか?

珍々軒店主・河田喜代美さん
珍々軒店主・河田喜代美さん
主人の母親が創業したのが70年くらい前だと言われているけど、詳しいことはわからないのよ。ごめんねぇー」

ーーいえいえ、むしろアメ横らしくて大好きです。

河田さん
河田さん
「義母は戦後、ガード下で飴屋をやったり、屋台を引いたりして生計を立てていたそうなの。あるときこの区画が空いたのをアメ横のご近所さんが教えてくれて、中華料理店を開いたんだそうです」

\ぶっちぎりの一番人気/
「タンメン」(700円)

シンプルなタンメンは「これが東京の味」というファンも多い

ーー記者も学生時代からお世話になっていましたが、お店が大きくなった気がします。

河田さん
河田さん
「昔のことよく覚えているわねぇ。最初は今の厨房がある間口一間の区画から始めて、20年くらい前にお隣も空いたので少し大きくしたんです。昔から来てくれてたのね。今日は何にする?」

ーーもちろんタンメンが食べたいです!

\タンメン1丁入ります!/

強力な炎でタンメンの具材を一気に炒めあげる
炒め野菜の山に分け入ると、スッキリスープを身にまとった中太麺が姿を現す

ーーいつ食べてもおいしいです! 全然変わってないですね。

河田さん
河田さん
「今でも義母や夫から教えてもらった通りに作っています。先日も上京した昔のお客さんが50年ぶりに寄って『アメ横は変わったけど珍々軒のタンメンは変わらないね』と言ってくれたっけね」
「このガードの谷間も以前より明るくなったでしょ?」(河田さん)

ーー今でもラーメンは500円なんですね! 学生時代はアメ横でどんなに散財しても、財布に500円残しておけばこのラーメンを食べられるという安心感がありました。

\ワンコインの正統派/
「ラーメン」(500円)

「ラーメンらしいラーメン」としか言いようがない。絹さやの青みに優しい心配りを感じる

ーー「これぞ日本の醤油ラーメン」という正統派の味わいです。

河田さん
河田さん
「地方や海外出張から帰ってきた常連さんが、わざわざ上野で途中下車して食べに寄っては『このラーメンを食べると東京に帰ってきた実感がする』と喜んでくれるので、味はもちろん値段も変えずに頑張っています」

\お米系の定番もお忘れなく/
「チャーハン」(スープ付き700円)

町中華ファンをうならせる完全無欠のシンプルさ

ーー満腹ですが、チャーハンを食べずに帰るわけにいかない……。

河田さん
河田さん
「大丈夫よ。残ったらパックに詰めて家で食べればいいじゃない

ーーありがとうございます! お米の歯ごたえと絶妙な塩味で、相変わらずおいしいなぁ。昭和と平成を生き抜いたこの味は、何としてでも後世に伝えたいです。

\アメ横みやげゲットだぜ/

頼み過ぎても大丈夫。慌てず騒がず持ち帰り用のパックをもらおう(お店で半分くらい食べちゃいました)
河田さん
河田さん
「夫と出会った時は中華料理店の女将になるなんて想像もしなかったけど、アメ横の客商売が本当に楽しいの。毎日のようにタンメンとビールの晩酌を楽しんでくれる常連さんも多いので、身体が動き続ける限り店に出ていたいわね」

「また食べに寄ってね!」と取材班を見送ってくれた河田さん。最近では中華料理の本場・中国や台湾からもタンメンやチャーハン目当てに訪れる旅行者も多いという「珍々軒」。その不変のメニューはアメ横探索のエネルギー補給に欠かせないのだ。

珍々軒

口コミ・写真など

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“日本の食堂王”が生み出したアメ横の表玄関

スポットその3:「レストランじゅらく 上野駅前店」

新潟出身の創業者・加藤清二郎氏が「東京との懸け橋にしたい」という願いを込めて上野駅前に開業した「レストランじゅらく 上野駅前店」

「東京の北の玄関口」と呼ばれる上野駅。その不忍口(しのばずぐち)の真正面、中央通りの横断歩道を渡ったアメ横入口横のガード下にあるのが「レストランじゅらく 上野駅前店」だ。

ーーアメ横でも特に歴史の長いお店だと聞いています。

レストランじゅらく 上野駅前店スタッフ・加藤結菜さん
レストランじゅらく 上野駅前店スタッフ・加藤結菜さん
「創業は1936(昭和11)年です。お孫さんを連れたお客様に『集団就職で生まれて初めて東京に来て、最初に食べた食事がじゅらくだった』と声をかけていただくこともあります」

ーーアメ横の歴史より長いんですね! 創業者の加藤清二郎氏は「日本の食堂王」と呼ばれていますね。

「個人的なイチオシメニューは『タレかつ重』です!」とスタッフの加藤結菜さん。ちなみに、創業者と名字が同じなのは「全くの偶然ですね」とのこと
加藤さん
加藤さん
「加藤清二郎は1924(大正13)年に、1店舗目の『須田町食堂』を神田で創業して以来、手ごろでおいしい洋食を広めようと、昭和10年代までに89店舗のチェーンを展開しました。『聚楽』の名は高見順の小説『如何なる星の下に』にも登場しますが、多くの店舗が戦災にあったため、終戦時にはわずか5店舗に減ってしまいます」
ワクワクが加速する店頭サンプル。「じゅらく(聚楽)」の名には、“集まる”という意味を持つ「聚」に「楽しむ」を合わせ、「人が楽しく集まる場所となるように」という創業者・加藤清二郎氏の願いが込められている

ーーこのお店の向かい側の上野恩賜公園には「聚楽台(じゅらくだい)」がありました。

加藤さん
加藤さん
「1959年に開業した聚楽台は、入居していた西郷会館の建て替えで2008年に閉店しましたが、今でも上野のランドマークとして思い出してくれるお客様が多いです。俳優の梅沢富美男さんは15歳のとき、お兄さんにごちそうになった聚楽台のハンバーグがきっかけで上京を決意したそうです」
内装はシンプル&レトロで落ち着ける空間となっている

ーーおいしい料理には人生を変えてしまう力があるんですね。今はどういったメニューが人気ですか?

加藤さん
加藤さん
「3世代でいらっしゃる方も多いですが、世代を問わずに人気なのが『オムライス〜特製ケチャップ〜』(1026円)です」

\濃厚ケチャップが嬉しい/
「オムライス〜特製ケチャップ〜」(1026円)

卵の焼き加減はフワフワとしっかりの中間タイプ
赤・黄色・赤の見事な断面でも魅了する

ーーシンプルなチキンライスとふんわりオムレツに、しっかり味のケチャップがよく合います。レトロな雰囲気にぴったりな一皿ですね。

「アメ横での買い物帰りや、動物園、美術館めぐり後のお食事にもご利用ください」(加藤さん)
加藤さん
加藤さん
「ありがとうございます! 当時はオムライスやハンバーグといった洋食をはじめ、中華料理など幅広いメニューを取りそろえる店は珍しかったため、今では『ファミリーレストランの原型』とも言われているんですよ」

\大人だって欲張りたい/
「大人のお子さまランチ」(1922円)

洋食界のオールスターがワンプレートに集結!

ーー多彩なメニューと言えば、「大人のお子さまランチ」が気になります。

加藤さん
加藤さん
「オムライス、エビフライ、スパゲティナポリタン、ハンバーグと、じゅらくの洋食を代表する人気メニューを盛り合わせたものです。メニュー選びに迷ったときにもオススメなんです」

ーー懐かしい雰囲気の店内で楽しめる優しさのある料理には、アメ横らしい魅力にあふれています。

加藤さん
加藤さん
「12月上旬から改装のため、来年(2019年)の3月までお休みをいただく予定なんです。ただ、改装といってもキッチンがメインで、店内の懐かしい雰囲気はそのままなのでご安心ください」
中央通りに面した席では、上野駅の不忍口を眺めることができる
加藤さん
加藤さん
「2017年には松坂屋南館の跡地に『上野フロンティアタワー』ができ、アメ横にも若い女性が増えたと感じます。私も早あがりの日にはアメ横でショッピングを楽しんでいますので、買い物帰りにでも気軽に立ち寄ってくださると嬉しいですね」

アメ横を行き交う人を眺めながら、多彩なメニューを楽しめる「レストランじゅらく 上野駅前店」。改装前の店舗で味わえるのはあとわずかなので、思い出のある人もそうでない人も、歴史あるアメ横の味を体験しに出かけてみてはいかがだろうか。

レストランじゅらく 上野駅前店

口コミ・写真など

※この情報は取材時の情報です。ご利用の際は事前にご確認ください。

【商店街コラム】
人から人へ手渡されるこだわりを求めて

「アルバカーキ」代表
アメ横商店街連合会:広報担当 千葉速人(ちば・はやと)さん

丹精込められたハンドメイドのレザーグッズであふれる「アルバカーキ」の店主・千葉速人さん。「アメ横商店街連合会」の副会長と広報も兼務している

アメ横の魅力は食べ物だけではない。400を越える店舗の中には、ファッションやスポーツ、ホビーなど、マニアを引きつける専門店が数多く存在する。そんなアメ横ならではの専門店の魅力を、革細工の店「アルバカーキ」を営む千葉速人(ちば・はやと)さんに聞いた。

千葉速人さん
千葉速人さん
「アメ横の良さは専門店での対面販売が体験できることだと思うんです」

「シェリダン フルカービング 長財布」(16万5240 円)

購入を検討している商品は店舗にある手袋をつけて手に取ることができる
千葉さん
千葉さん
「例えばこの長財布は、『シェリダンスタイルカービング』という革彫刻の技法で作られたもので、アメリカで修行した大塚孝幸氏という職人の作品です」

ーー花びらや茎の模様が内側まで彫られていて、いつまでも眺めていたくなります。

見事な柄は財布の内部まで施される
千葉さん
千葉さん
「こういう手仕事の魅力は、実物を手に取らないと感じにくいですよね。高価な逸品をじっくりと眺め、専門知識が豊富なスタッフとコミュニケーションしながら買い物を楽しむのは、今や貴重な体験だと思うんです」
店内には製作に1年かかるという乗馬用の鞍も展示される
「“ダメなら一年でやめよう”と脱サラしてお店を開いたんです」(千葉さん)

ーー趣味のアイテムはそういう買い方をしたいものです。

千葉さん
千葉さん
「会計事務所を退職してここに店を開いたのが27年前のこと。2代目、3代目の店主が当たり前のアメ横ではまだまだヒヨッコですが、これからも生活必需品から趣味のアイテムまで、幅広い領域の魅力を直に感じられるこの場所を盛り上げていきたいですね」

アルバカーキ

口コミ・写真など

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終戦直後から現代まで、日本全国から集まる多くの人を受け入れ、東京文化の発信地であり続けたアメ横。昭和から平成、そして元号が改まる新しい時代になっても、唯一無二のバイタリティで楽しませてくれる商店街であり続けるだろう。


取材メモ/子供のころから慣れ親しみ、若い頃は他のおしゃれタウンに浮気したこともありましたが、噛めば噛むほど味が出るアメ横の底力を思い知りました。

写真提供=小島屋
構成・取材・文・写真=杉山元洋

次回、11月14日(水)は「亀有・ゆうろーど」を掲載予定!

「こち亀」のふるさと亀有で両さんゆかりの店を訪ねます

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