“アナログレストラン”とは犬養裕美子が選ぶ「いい店」。作り手がその場できちんと料理をしていること。小さくても居心地のいい空間とサービスが楽しめる。かつ良心的な値段。つまり人の手と手間をかけた「アナログ」で「アナ場」な店。第7回は「方南町・徳」。
犬養 裕美子
レストランジャーナリスト
ていねいな素材の扱い方を見ればセンスの良さがすぐわかる
「店を構えた昭和48年の杉並区方南町界隈は、閑散としていて何にもなかったね」という「季節料理 徳」の店主・飯島文男さん(74歳)。店を開いて今年でなんと43年目になる。実はこの店、フレンチレストラン「レストランキノシタ」の木下和彦シェフに教えてもらった。食いしん坊なシェフが通う店は、当然のことながら旨くてボリュームがあるアタリな店が多い。
さっそく足を運んでみた。カウンターのみの小体な店内は完全にアウェイな状態。常連と思しき50歳代後半の夫婦に、おそらく近所の自営業の男性二人。みんな静かに壁のテレビを見ている。
このまったりした空気になじめず居心地が悪かったが、注文した刺身の盛り合わせや煮魚が出てきて状況は一転した。まず、最初に食べた白身の昆布〆のおいしこと! これだけ水分を抜き、旨味を強調する技術は何だろう?
和食のテクニックを使って魚をおいしく仕上げる
飯島さんは群馬県生まれ。26歳で料理の道に入り、京都の料亭で5年半修業して、すぐにこの場所で独立した。
「当時はね、店を出すのはそう難しくなかったんだよ」(飯島さん)
問題は通ってくれる常連がどれだけいるかだ。居酒屋というより、季節の素材を生かした割烹料理。リーズナブルではあるが、決して安売りはしない。丁度世間は高度成長期で、飯島さんの料理を気に入って通う常連客は着実に増えた。
あの白身の昆布締めは「紙塩」という和食の技法。魚に直接塩をするのではなく、和紙を巻いて、その上から水分を吹き付け、そして塩を振る。
「こうすると直接塩をするよりもずっとまろやかに優しく塩がなじんでいくんです」(飯島さん)
煮魚の作り方も、鍋に日本酒を豪快に注ぎ、アルコールを飛ばしてから酒の中で風味よく煮ていく。
春秋は明石の鯛、これから夏は淡路のハモ、冬にはふぐや毛ガニも登場する。さらに馬肉やホワイトアスパラガスなど肉や野菜もバランスよく揃う。74歳といっても、飯島さんの立ち姿はシャッキリ。
若い世代の間では消えていく昔の仕事をありがたく味わいたい。