船橋を見つめ続けて約100年「割烹旅館 玉川」

船橋を見つめ続けて約100年「割烹旅館 玉川」

2018/11/23

1921(大正10)年創業、船橋を代表する料亭であり文化財でもある玉川旅館。町は変わったが旅館は変わらなかった。訪れた旅人たちは真心のこもったおもてなしで癒やされた。これは単純だが難しいことだ。

ちいき新聞web

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タイムスリップしたような空間

船橋駅のオフィス街を抜けた所で、違和感のある瓦屋根の建物を見て驚いた経験はないだろうか。この玉川旅館は国登録有形財産でもある。

内訳は、今年で築98年になる第一別館、大広間のある第二別館、3階建ての本館の計3棟。3棟とも地元の宮大工により建てられ、関東大震災、第二次世界大戦、東日本大震災も乗り越えた。現在も宿泊、会食、合宿などで使用されている。

玉川旅館入り口
2020年に築100年を迎える第一別館

館内は、絢爛豪華な着物を使った大胆な装飾が施され、大正ロマンを彷彿させる。糸紡ぎ機や桐箪笥など、歴史ある道具も手に取れる場所に飾られている。

エントランス。女将の長野さんが出迎えてくれた

作家たちが訪れる玉川旅館

金屏風などの調度品がレトロな味を醸し出す

ロビーには多くの宿泊客が訪れた跡が残る。映画『僕だけがいない街』の原作者三部けいさんもその一人で、本人寄贈の単行本があった。作品には船橋市民におなじみの風景が出てくるので、この旅館を拠点に聖地巡礼をしたら面白そうだ。

作家の太宰治が、20日近く逗留し、第二別館の桔梗の間で原稿を執筆したことも有名。桔梗の間は3畳と4畳半から成り、当時は窓から海が見えた。玉川旅館には、物を書く人の気が休まるような、不思議な魅力があるのかもしれない。

桔梗の間。手前が四畳半で奥が三畳
家族風呂。お湯は温泉で肌に優しい

3代目女将は生粋の船橋市民

女将の長野與子さんは船橋市立湊町小学校を卒業し、この旅館で育った。「子どもの頃は古い旅館が嫌になった時もあります。女将になり、古いものもなかなかいいなと思うようになりました。地元の方が行事で使ってくださるので感謝しています。利用者が増えすぎても困るので複数の旅館サイトには載せません」

船橋のランドマークとして

多くの文化人を輩出し、衣食住に恵まれた町、船橋。町の変遷を見てきたこの建物は今後もここに在り続ける。船橋を離れ、故郷として思い出すときにシンボルの一つとして思い浮かぶとことだろう。

かつてはこの辺りが海岸線で船着き場があった。旅館とタワーマンションのコントラストが面白い
地域新聞社

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