“アナログレストラン”はレストランジャーナリスト犬養裕美子が選ぶ「いい店」。作り手がその場できちんと料理をしていること。小さくても居心地のいい空間とサービス、かつ良心的な値段。つまり人の手、手間をかけた「アナログ」で「アナ場」な店。第65回は高田馬場「うどん蔵之介」
犬養 裕美子
レストランジャーナリスト
突然、無性に讃岐うどんが食べたくなる時、私はここに駆け込む
初めて讃岐うどんを本場で食べた時の衝撃は忘れられない。白くてもっちりしたうどんの美しさに目を見はり、コシの強さと麺つゆの深い味に感動した。その衝撃が「うどん蔵之介」では、そのまま蘇る。
これはひとえに店主の大山浩さんの技術の賜物だ。結婚を機に一生の仕事に「讃岐うどん」を選んだ大山さんは本場香川へ修業に出た。1日4000人が訪れる「山田家」で5年修業、その間に300店以上を食べ歩いたという。そして納得ゆく技術と経験を得て、2007年11月高田馬場に店を構えた。
“讃岐ぶっかけうどん”こそもっとも一般的な讃岐スタイル。
ゆでたてを冷水できゅっとしめて登場するうどんに、生姜、ゴマ、ネギ、大根おろしなどの薬味が脇をかためる。麺つゆと薬味を好きに混ぜて味わえば、一口ひと口、違う味が広がる。食べても食べても減らないボリュームがうれしい。
しかし汁ものにも心惹かれる。いりこだし全開の透明なつゆは、天婦羅や油あげなど何をトッピングしてもそれぞれの味と対等に渡り合う力強さがある。
そして季節のおすすめにも忘れてはいけない。春はアサリ、ハマグリなどの貝類、夏は冷かけ、秋はきのこ、冬は牡蠣、しっぽくと、食べてみたいメニューが目白押し。初めて行くなら食いしん坊の友だちと分けあって味わって欲しい。
この店が“使える”のは、うどんだけではない。夜には一品料理で一杯という居酒屋としても優秀なのだ。天ぷら、鴨焼きなどの一品料理はどれも手作りで、気が利いているし、鴨せり鍋(1人前4500円)や、うどんすき(1人前3500円)などごちそう鍋は日本料理店に負けない贅沢な内容。最後は旨味いっぱいのスープで煮込みうどんが楽しめる。香川県の名酒・凱陣をはじめ、日本酒も大充実。
20年ほど前の讃岐うどんブームで、東京にもずいぶん讃岐うどん店が増えた。ところが名店といわれた店も、店主の高齢化などの理由で名店が消えていく。大山さんのように、時間をかけて自分なりの讃岐うどんを打ち続けている「讃岐うどん職人」は貴重な存在だ。
私は3年前に高田馬場に引っ越しただのだが、心から感謝したいのは「蔵之介」の讃岐うどんを日常的に食べられること。いりこだしの香りに浸りながら目をとじれば讃岐富士が浮かぶ。ホントなんだから。