川越唐桟 ー今に伝わる美しい縞模様の着物と、その歴史ー

2019/02/09

川越唐桟 ー今に伝わる美しい縞模様の着物と、その歴史ー

川越の街並みはとっても着物が似合う街。この街には晴れの日のためだけではなく、普段の生活に馴染む素敵な着物があることをご存知ですか?「川越唐桟」かつて川越の産業を支えた美しい縞模様の木綿の歴史、そして現代における川越唐桟の現状に迫ります。

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川越唐桟と織物市場

唐桟の歴史

江戸時代後期、川越の経済を潤した産業のひとつに木綿商品がありました。紺地に白や浅黄、茶のストライプを現した紬や、舶来唐桟を模して縞をより目立たせた和唐桟など、江戸町人の装いにかかせないものとして大流行。中でも人気を博した上級縞木綿の和唐桟と結城紬は、武州入間郡で生産され、いったん川越に集荷されたあと江戸市場に送られたため、「川越唐桟」「川越結城」というブランド名が付けられました。

繊細な縞模様が川越唐桟の大きな魅力

江戸では歌舞伎や芝居が流行る一方、伊勢参りなどの長期旅行、近郊へレジャーなどが庶民にも浸透し、それに合わせて軽装でファッション性の高い着物に関心が集まっていました。
江戸後期に輸入が始まったインド産の唐桟などが特上品として扱われる一方で、川越・入間地域では、細手の絹糸を他地域から移入し、都市市場向けの縞木綿を積極的に生産。いっきに産地としての頭角を現していきました。川越・入間地域のほかでは、足利・佐野(栃木県)、尾西地域(愛知県)が幕末期の三大産地となっていきます。

デザイン性も高く、着心地も良い

幕末期になると、織物市場経済の活発化に伴い、機屋と問屋商人が行ってきた商取引の慣習を破り、新興商人や小売業者へ産直が行われるなど織物の流通は錯綜し始めますが、集荷拠点である川越の商人の主導で統制しようとする動きが出てきました。

川越唐桟で使われている糸

そして一八五九年(安政六年)に横浜が開港されると、細く均質なイギリス製の糸(ミュール糸)と、発色が鮮明な化学染料が輸入が開始。全国に先駆けてこれらを導入した入間・川越地域では、ファッション性が高く軽量薄地の高級縞木綿が本格的に生産されるようになりました。特に従来の染色方法では色のくすみがとりきれませんでしたが、化学染料により明度の高いストライプが大人気となっていきました。一方で、木綿への化学染色技術の取得には困難を伴い、業界内ではしばらく生産に関する混乱が続き、化学染色の知識と技術指導が普及したのは明治二十年代頃だったと言われています。

川越の活性と織物市場

平成十七年三月に川越市の有形文化財(建造物)に指定されたこの建物は、現在復原工事中となっています

一九〇〇年(明治三十三年)、埼玉県随一の経済中心地として川越商人の意気込みを体現するかのように、埼玉県内で最初の商業会議所が川越町に設立認可されました。当時織物業界では、所沢などにその運営の中心が移り始めていましが、それでもまだ川越は県内有数の商業都市としての繁栄は続きます。
商業会議所では地域経済振興計画に着手、実現にはいたらなかったものの川越経済圏の拡大をはかるための川越・我孫子間の鉄道事業構想や、現在でも跡地が残る織物市場の建設プロジェクトが進められていきました。入間郡内で生産される織物商品を埼玉県の中心地である川越に集中させ、もう一度川越に織物業界をリードしていこうと考えたのです。

当時の室内の様子

しかし明治三十年代の後半には、川越の経済低迷が顕在化。一九〇七年(明治四十年)には綿糸商も兼業していた有力織物問屋が破産、川越だけでなく、当時織物産地のライバルとして成長を続ける所沢にも大きな打撃があり、金融面でも連動的な被害が発生しました。
川越織物市場の建設は、このような慢性的な不景気のなかで竣工が延期されてきたと考えられますが、川越・大宮電気鉄道、また特設電話の開通など、流通や情報に関するインフラ整備が追い風となり、一九一〇年(明治四十三年)、鉄砲町(現松江町)が適地に選ばれ、建設が始まりました。建設資金は川越織物市場株式会社が株式を募集して調達、上棟式からわずか三週間で市場開場式が執り行われました。

多くの人で賑わった織物市場の跡地

織物市場では、毎月六回開場され、織物の現品取引が行われていたと言われています。小仲買のひとびとがまとまった量の織物を持ち込み、仲買商の店員は割り当てられた部屋で品定めをし、仕入客への荷継業務などを行っていました。
しかし、織物市場は一九一五年から一七年(大正四年から六年)の頃に閉鎖を余儀なくされることとなりました。東京の都市問屋や百貨店との直接的な取引が行われるようになり、市場を媒介とする相対取引が成り立たなくなったのがその理由です。閉鎖後、二棟の細長い建物は、長屋として住居に転用されました。

現在に残る、川越唐桟

縦縞模様が美しい川越唐桟

織物産業が盛んであった川越ですが、大正以降徐々に衰退していきました。織物市場は閉鎖され、多くあった織物問屋もいまはありません。観光地として名を馳せる現代の川越においてその名残を探すことは困難のように思われますが、果たしてそうなのでしょうか。
川越という街がいまなお発展を続けていけるのは、彼らの功績や努力ゆえ。現代に生きる私たちがこの歴史を知ることも、大切なことなのです。
現代において和装で生活することはなかなかハードルが高く、「着物」といえば購入にも少し身構えます。しかし、代表的な川越唐桟の成り立ちとその機能美や意匠、旧織物市場の建築、そして川越の織物産業の歴史は、ぜひ後世に伝え残しておきたい魅力的な川越の姿のひとつなのです。

石畳の街並みにもしっくりくる着物

川越唐桟を着てみよう!

川越市内にはたくさんの着物レンタル店があり、着物をきて散策が楽しめます。
川越唐桟のレンタルを行う店もあり、街に馴染むデザインが人気です。
また、唐桟を扱う特約店では、着物をあつらえることもできます。

Yahoo!ロコ笠間呉服店
住所
埼玉県川越市仲町5-10

地図を見る

アクセス
本川越駅[出口]から徒歩約9分
川越市駅[出口]から徒歩約13分
川越駅[東口]から徒歩約20分
電話
049-222-1518
口コミ・写真など

※この施設の情報はYahoo!ロコから提供されています。

Yahoo!ロコ呉服かんだ
住所
埼玉県川越市幸町3-1

地図を見る

アクセス
本川越駅[出口]から徒歩約11分
川越市駅[出口]から徒歩約15分
川越駅[東口]から徒歩約22分
電話
049-222-1235
口コミ・写真など

※この施設の情報はYahoo!ロコから提供されています。

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この記事を書いたライター情報

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「小江戸にくるひと、住まうひと」をコンセプトに地元印刷会社が発行したフリーペーパー。2016年に「全国タウン誌・フリーペーパー大賞」において、大賞を受賞。住んでいる人にこそ地元のことを知ってもらいたいという思いで、様々な角度から川越の街のことを伝えています。

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