店名やメニューに翻弄され、店に迷った精神科医を助けた曖昧さ

連載

星野概念のめし場の処方箋【Vol.21〜】

2019/02/27

店名やメニューに翻弄され、店に迷った精神科医を助けた曖昧さ

精神科医として総合病院に勤務する傍ら、文筆、音楽、ラジオなどマルチに働く星野概念が「食べに行く」という行為を通して、「こころ」に関する気づきをひも解く。

星野 概念

星野 概念

精神科医

不確定な未来のことを決めすぎてしまうより、曖昧さを保つ方が柔軟とも言えます

こんにちは、精神科医の星野概念です。

この連載は、 日常の食生活の中から僕が感じたり考えたりしたカウンセリング的要素をみなさんにご紹介するものです。

物事が思うような形にならない時、絶望的になりがちですが、そんな時、曖昧さを思い出すことができると、思いもよらない旅が始まるかもしれません。今回はそんな話です。

  

【目次】
1.トンカツのはずがパスタに
2.曖昧さも時にはいいもの


1. トンカツのはずがパスタに

・ア、アニサキス……

2019年1月末、休日当直中の深夜、急に腹痛に襲われました。

  
  

だんだん、なんだか、気持ちが悪くなり吐き気が……。

そしてトイレに直行。

  
  

いきなり、飲食を絡めた連載とは思えない書き出しになりましたが、今年はのっけから胃腸炎になってしまったのです。

原因はアニサキス

アニサキスという寄生虫の幼虫が魚の内臓に寄生していることがあるのですが、魚の生命がつきると身の方に移動してきます。

それを誤って人間が食べてしまうと、胃の壁に噛みつくというか、正確には壁に刺入しようとして、胃がものすごく痛くなるのです。

  

そう、考えてみれば、前の晩にシメサバを食べたのでした。サバといえばアニサキスを注意しなければならない筆頭とも言える魚……。油断していました。あいつがアニサキスを飼っていたなんて!

  

この季節に多いノロウイルスなどのウイルス性胃腸炎とアニサキスによる胃腸炎との差は、腹痛の激しさと、上からは出るけど下からは基本的には出ない、というところ。

  

そして、僕にさらに災いしたのは、発症したのが病院内であったという状況でした。

これは不思議なことですが、院内にいると、「病院に行く」という選択肢がなくなるんです。

  

なぜなら、もういるから。

  

痛みで冷静さを欠いていたことも影響していると思うのですが、なんとなく

「もう病院に来ているというのに、痛みが治まらない。手立てがない!」

と考えていたのです。何の手立てもしていないのに……。

  

それで数日間、受診をせず腹痛に苦しんだ後、なんとなく内科の先生に相談したら、すぐに内視鏡をした方がいいと言われて、検査をして下さり、その場でアニサキスは取り除かれました。

  
  
  

すると、症状は劇的に改善。

この時ほど幸せを感じたことは、ここ最近ありませんでした。

痛みって、ものすごく大きなストレス因なんですね。そして、それが急に取れるということは、ストレスの反動もあり、ものすごく幸せを感じることでした。

このメリハリ、危険を感じます。痛みを感じることが癖になりそう。いや、ならないか。

・しばらく何も食べていない反動

そして、反動といえば、腹痛でほとんど何も食べられない数日間を経て、痛みがなくなったために、「食いたい!」という欲求が急激にわいてきました。

これは「食欲」という言葉だけでは綴れない、もっとマグマのように吹き出す欲望というのでしょうか。

  

生命力、来たる!

  

という感じです。

そういう時、人は何を食べたくなるのか。

やはり肉です。

流れ的にも、魚を食べてまたアニサにキスする形になると立ち直れないくらい落ち込みそうだし……。

肉を食べようと考えた時、これまでの自分であれば、ステーキだ! 焼肉だ! と、肉をがむしゃらにかぶりつきに行きたくなるはずなのですが、その時はなぜかトンカツがとにかく食べたいと考えました。

  

肉と同時に、衣をシャクシャクするジャンクな雰囲気も欲していたのでしょうか。

・トンカツ休止

勤務後、病院を出て駅ビルへ。駅ビルの中にチェーンのトンカツ屋があるのを僕は知っていました。

というか、病院近隣ではそこしか知らなかったのです。

駅ビルに行くのは久しぶり。

さて、あのトンカツ屋は何階だっけ?

フロアマップをみて数秒。僕はショックでスーっと倒れそうになりました。

か、改装中……。

  

トンカツ屋だけピンポイントに改装中って、自分に対する嫌がらせじゃないの?

サバのアニサキスといい、

  

トンカツ屋といい、

  

何者かが僕に嫌がらせをしている。

数分間そんなことを考えて立ち尽くしていた僕ですが、少し冷静になり、

これもまだ流れの途中で、ここから嬉しいさらなる何かが待っているのかもしれない。絶望的になるより、前に進もう。

と考え方を変えることにしました。

もしかしたら、改装といいながら、ちょっとだけですよ的な感じでトンカツを食べられるかもしれないし……。

・混乱の店舗名

そう決心して前に、正確にはエスカレーターで上の階に進みました。

トンカツ屋は本当に改装中で、「ちょっとだけですよ」なんてもちろんありません。

何が食べたいかという目標は、トンカツ屋の改装により失われ、定まらないまま、並んでいる飲食店をみて回りました。

気になったのは

洋麺屋五右衛門

  

前に行ったことがあるような気もするけど何屋さんだっけ? 洋麺?

ショーウインドウを見てみると、洋麺というのは一風変わったパスタのことのようでした。

なんだか美味しそう。

でも、なぜかパスタ屋さんということに違和感を感じます。なぜだろう。

漢字だから? 

五右衛門という響きがあまりにもパスタっぽくないから?

うーん。考えながら隣の店舗を見てみると

ぱすたかん

がありました。

そうか。駅ビルのレストランが並ぶ階で、パスタ屋が2つ、しかも隣にあることへの違和感だったのか。

でもどうしてわざわざ隣に?

メニューの違いかと思い、「ぱすたかん」のショーウインドウを見てみると、

え、お好み焼き……?

分かりにくい!

パスタ屋っぽくない名前のパスタ屋(五右衛門)



パスタ屋っぽいどころか店名に「ぱすた」とついてさえいるお好み焼き屋(ぱすたかん)

きっとそれぞれ由来があるのだと思いますが、まるで混乱させにかかっていると疑ってしまう2店舗の並び。

もうこうなったらどちらかに入るしかない。

トンカツが食べたかった自分は、パスタとお好み焼き屋、どちらに入りたいのか。

分からん!!

  

結局、駅ビルの中でひとり、コイントスをして、表ならパスタ、裏ならぱすた、

あぁこれも分かりにくい……。

でもそのコイントスにより、表のパスタを食べに

洋麺屋五右衛門

に入りました。

・メニュー多彩 そしてまた混乱

メニューは独特で多彩。

  

和風パスタを看板にかかげているだけあって、オリジナルな和風パスタがとても美味しそう。

  

洋風のスタンダードなパスタもありますが、具は和食っぽい食材のものもあったりで面白かったです。

でも、乾麺やオリーブオイル、チーズは直接イタリアに買い付けに行っていることを売りにしていると書かれています。

うーん、まぁ、美味しいのがとにかく一番なのですが、そこは日本ではないのか……。

  

セットメニューもありました。

ハーフ&ハーフなんて気が利いていていいですね。

ただここにもちょっと気になるポイントが。

  

レディースセットとメンズセットというのがあり、前者はサラダ付き、後者はパスタが大盛りという差があるようなのですが、レディースセットは男性も頼め、メンズセットは女性も頼める。

もちろん、サラダがいらずパスタがたくさん食べたい女性も、パスタは普通でいいけどサラダが食べたい男性もいるので素晴らしい設定だと思います。

でも、名前……。

もうちょっと違う名前でもいいのではないかと考えてしまいそうになる(と書くということは既に考えている)、僕にとっては混乱するポイントでした。

  

・食べてみると

何を頼むか迷った末、結局、もともとトンカツを食べたかったということは豚肉だ、と考え、

豚しゃぶとたっぷり野菜の胡麻ダレ仕立て



レディースセット

を注文しました。

  

これが、とても美味しい!

確かに他のパスタ屋では食べられない独特で和風な味。

  

箸で食べるというのもちょっとエンタメ感があって楽しいし、麺もちょうど良い硬さでした。

量もちょうど良くて、僕はレディースセットでドンピシャでした。

  

色々と混乱しながらたどり着いたパスタでしたが、結局美味しければ良いわけだし、混乱したら混乱したで、こうして記事にも書けるわけで、流れに任せてみて良かったような気がしました。

  

2.曖昧さも時にはいいもの

何か、こうなるといいな、とか、こうなりたい、とか、未来のことについてイメージすることって誰にでもあると思います。

これは、方向性を定めるという意味でとても良いことだと思います。

方向性を定めて、「志」という名の強い思いを抱き、目標に向かっていくからこそ達成できるものがきっとあるでしょう。

ただ、思いが強いがゆえに、「こうなるといいな」「こうなりたい」という考えが、「こうでなければダメだ」「こうならなければおしまいだ」という、まだ全く不確定な未来のことを確定してしまうような形の思いになると危険です。

なぜなら、未来はどうなるか分からないから。

未来がわからないなんて当然のことですが、一生懸命になればなるほど、この当然なことを忘れがちです。

思う形にならなかった時、「もうダメだ」「もうおしまいだ」と考えると、絶望的な気持ちになりなかなか切り替えられません。

こういう時に、「まぁ仕方ない」「まぁいいか」と1度無理矢理視野を広げてみると、まだその先に色々な可能性があることが見えてくるはずです。

それはとても曖昧な形でなんだか気持ち悪いような気がするかもしれませんが、曖昧さに耐えて、少し流れに身を任せてみると、面白い形が見えてきたりもすることもあると思います。

アニサキスとトンカツとパスタとお好み焼きから、こんな結語になるとは思っていませんでしたが、それもまた、流れに身を任せた結果ですね。

なんだか、五右衛門に新たな価値観を教えてもらったような気になりました。

  
  
  
  
  
  
  
  

文・構成:星野概念
イラスト:権田直博


星野概念(ほしのがいねん)

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精神科医

この記事を書いたライター情報

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精神科医

総合病院に勤務し、日々精神医療に従事する傍ら、執筆や音楽活動を行う。

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