【350年以上の歴史】由緒正しき「黒石神社」

2019/03/23

【350年以上の歴史】由緒正しき「黒石神社」

青森県の黒石(くろいし)市にある「黒石神社」のご紹介です。こちらの神社は、黒石市役所の近くにありますので、毎年夏に行われる「黒石よされ」を見にいらっしゃった方は、この神社の前を通りかかったことがあるのではないでしょうか?

青森の魅力

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黒石神社の創建

黒御影石でできでいる鳥居

江戸時代の寛文2年(1662年)に黒石津軽家の祖とされる「津軽信英(のぶふさ)」が弘前城で死去すると、黒石陣屋東南の隅に廟を建立して埋葬したのが始まりと伝えられています。

陣屋とは、大名領(藩)の藩庁が置かれた屋敷のことです。

黒石陣屋は、今の黒石市民文化会館から御幸公園へかけての一帯にあったそうです。

明治時代に入り黒石陣屋が廃城になると、旧家臣達は藩祖の遺徳を偲び明治12年に神祭願いを県令に提出、社殿建立に至りました。

神門。この門は、黒石陣屋の廟門を移築したものだそうです

黒石藩祖「津軽信英(のぶふさ)」公とは

黒石藩祖「津軽信英(のぶふさ)」公は、弘前藩二代藩主「津軽信牧(のぶひら)」公の次男としてお生まれになりました。藩祖「津軽為信(ためのぶ)」公の孫に当たります。

信英公は幼少より文武に励み、特に当代第一流の軍学者山鹿素行(やまがそこう)の高弟として兵学・武術・文学を学び、遊戯諸芸をも学ばれ、人格も温良慈仁にして、政治においては良政をしかれました。

その学識と執政は、諸大名の間にも高く評価されいたそうです。

父である信牧公から分知された黒石に、屋を建て町割りを行い黒石藩の基を築いたお方です。

拝殿

本当に由緒正しい黒石神社

黒石藩は、弘前藩の支藩になります。

しかも、現在の黒石神社宮司をお勤めのお方は、津軽黒石家15代当主でもあります。

つまり、黒石神社の宮司さんは、津軽為信(ためのぶ)公の、直系のご子孫です。
以下の図式が出来上がります。

弘前藩初代藩主 津軽為信公
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弘前藩2代藩主 津軽信牧公
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黒石藩初代藩主 津軽信英公(信牧公の次男)
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「黒石神社宮司」様(津軽黒石家現当主)

灯籠

黒石神社には、青森県重宝に指定されている「金梨子地牡丹紋散蒔絵衛府太刀拵御神刀(きんなしじぼたんもんちらしまきえいとまきたちこしらえ)」と呼ばれる御神刀等の社宝がございます。

津軽家のご子孫が、津軽藩のお宝を大事にお守りしているのです。

また、境内には「東照宮」も「摂社」(縁の深い神を祀る神社)として建立されています。

このように、非常に由緒正しい「黒石神社」是非、一度ご参拝くださいませ。

Webサイト「青森の魅力」

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