dancyu編集長が見た「平成の食」の進化と退化

特集

『平成』を人気メディアの編集長が語る

2019/03/26

dancyu編集長が見た「平成の食」の進化と退化

平成という時代の幕が上がったばかりの1990年に誕生した『dancyu』は、創刊以来日本の食の定点観測を行ってきた唯一無二の食雑誌。今回は同誌編集長であり、日本の食いしん坊を代表する植野広生さんが改めて「平成の食」を分析。そこに浮かび上がってきたものは何か、教えていただきました。

Yahoo!ライフマガジン編集部

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\語る人/

『dancyu』編集長 植野広生さん

1962年、栃木県生まれ。法政大学法学部卒業。新聞記者や経済誌の編集者を経て、2001年『dancyu』を発行するプレジデント社に入社。2017年4月よりdancyu編集長を務める

約3億9800万——この膨大な数字は、実は「ランチ」とYahoo!の検索窓に打ち込んだときにヒットする件数です。平成という時代が終わろうとしている今、食に関する情報は溢れ、10年前、20年前、そして30年前と今とでは、私たちの暮らしにおける「食」の立ち位置は大きく変わってきています。

平成は食の「進化と退化の時代」だった

「平成の食を語るならここ」と植野さんが指定したのは、東京・高田馬場にあるビストロ「ラミティエ」。学生で賑わう早稲田通りから静かな路地に入った場所に佇む

――まずはこの30年を「食」という視点で切り取ると、平成とは一体どのような時代だったのか教えていただきたいです。

植野編集長
植野編集長
「『平成の食』ってすごく大きなテーマですが、まず一言で整理すると、この30年は『進化と退化の時代』だったと思います。はじめに進化という視点から見ていきますと、dancyuが創刊した30年前、当時は今のように食の情報がありませんでした。その頃の食のバイブルといえば『美味しんぼ』でしょうか。その『美味しんぼ』も、初期のものを見返すと今ではみんな当たり前のように知っていることが、新しい知識として描かれているんです。それくらい、当時は食の知識を持っている人は少なかった」
この30年で、食の情報、知識が溢れるグルメな国となった日本

――それが一気に、私たちの生活の中に食の情報が流れ込むようになりましたよね。

植野編集長
植野編集長
「ええ。情報が増えたことで、グルメエンターテイメントも誕生しました。ティラミスやパンナコッタなど食のトレンドの波は、テレビやインターネットを通して巨大なものになっていきましたよね。特にインターネットの存在によって、食を趣味にしたり語ったりしてもいいんだという社会風潮も生まれました。食の情報量が増えると同時に、海外で修業していたシェフが戻ってきたり、食材の質も良くなって作り手も進化しました。それに、例えばフレンチはかつてはホテルのレストランで食べるような料理でしたが、街場のレストランで食べるようになり、確実に食べ手側も進化しました」
「街場のレストラン」というにふさわしい温かい雰囲気が漂うラミティエの店内

――確かに、食の選択肢がグッと増えた印象です。

植野編集長
植野編集長
「僕が今回、このラミティエというお店を取材場所に選んだのも、そうした“食の進化”を感じられるからです。ここはパリにあるようなすごくシンプルなビストロなんですが、そんな店がこの街に定着して、人気になった。後で頼む『ステックフリット』は店の定番メニューですけれど、この店が開店した当初、おばあちゃんが椅子に正座してステーキフリットを食べていたんです。ビストロのステーキを、ふらりと立ち寄ったおばあちゃんが食べられるようになったのって、まさしく食の進化があったからこそのシーンだと思うんです。日本っていい国になったな、と思いました」

情報過多が生んだ弊害と食の「退化」

「平成は食の『進化と退化の時代』」と話す植野編集長。果たして「食の退化」とは…

――確実に、食文化という意味では昭和の時代から進化したと言えそうです。では「退化」とはどういうことでしょうか?

植野編集長
植野編集長
「情報過多に伴う弊害が生まれたことが退化の要因です。食に対する興味関心が爆発的に大きくなったことで、ブームや情報に惑わされて、より刺激の強いもの、よりインパクトの強いものを求めるようになりました。なかなか入れない店の予約を持っていることをステータスとするような風潮も一部で出ててきました。結果、本当に美味しいものを求めるのではなく、店に行くこと自体が目的になるという、ちょっと妙なことが起きてしまっています」

――それは私たち食べ手の問題でしょうか。

植野編集長
植野編集長
「料理人の中にも退化の要因はあると思います。たとえば情報や流通の発展によって、素晴らしい食材が手に入りやすくなりました。それが加速して、常に新しいものを追いかけるようになった。それ自体は悪いことではありませんが、その進化のスピードがあまりに速かったんです。結果、料理の基礎やベースがまだ完成していないのに、新しい食材やスタイルに走ってしまうようなケースが増えました。これも一つの退化だと思います」
 

―美味しさとしての退化ではなく、食の「あり方」としての退化だ、と。

植野編集長
植野編集長
「そうかもしれません。己の“舌”ではなく、“頭”で食事をするような人が増えたしまったのも、情報過多による弊害でしょう。たとえば、ナチュラルワインを飲む人が増えていますが、当初は『ナチュラルだから美味しい』と、知識で飲んでいるような人が多かった。店も、抜栓したてでまだ還元臭が残って臭いようなものを『これが自然な香りです』なんて説明して売っているところもあった。抜栓してしばらく置いておけば、酸化して本来の美味しさが味わえるのに、客も『これがナチュラルな味わいなんですね』なんて無理して飲んでいたり」

――ナチュラルワインという「知識」で、飲んでしまっているというわけですね。

植野編集長
植野編集長
「そういう光景を見ると、日本の食文化は進化しながらも退化していると感じざるを得ません。“熟成肉”や“ノルディックフレンチ”にしても、一部ではそうしたキーワードやスタイルだけ取り入れている店もある。つまり、〈キーワード主義〉になっているわけです。本質を学ばず、形だけ真似している料理はたくさんありますし、そういったものはきっと10年後、20年後に見返したとき、ちょっと恥ずかしいかもしれませんね」

dancyuが追究する本当に美味しいものの条件とは

 

舌ではなく頭で食べるようになっている——もしかしたら、現代人は美味しいという感覚がある意味で麻痺しているのかもしれません。植野さんが食の退化を実感されたのはいつ頃のことなのかを聞いてみました。

植野編集長
植野編集長
「SNSの普及も連動しているでしょうが、3〜4年前くらいから顕著になっていると思います。これくらいから何か食の情報をネットで得ようとすると、とにかく情報が多すぎて、結局何を見ていいか分からなくなっている気がするんです。ネットって本来なら検索性に優れているもののはずなのに、いい情報も悪い情報の玉石混交で、結局自分で情報を選ばないといけないですよね」

――そんな時代だからこそ、dancyuのように情報がきちんと編集された紙メディアが求められている……!

植野編集長
植野編集長
「いえ、ネットと紙媒体は共存すべきものだと思っています。とはいえ、dancyuはグルメ雑誌ではなく、“食いしん坊雑誌”なんです。ネットは参加者やキュレーターの評価によってランキングしたり点数をつけますが、dancyuはそうしたデジタルな評価ではなく、『食いしん坊である読者に今行ってほしい店』を紹介したり、『その店に行ってどうすればもっと美味しく、楽しく食事をできるか』を提案したいです」

ここで、ついにお待ちかねのお料理が登場

今回、植野編集長がオーダーしたのは創業以来変わらないラミティエの「ステックフリット」

この日のものはCABブラックアンガスの牛ロースだったが、その時々で使う肉は変わる
植野編集長
植野編集長
「見てください、この香り! そして付け合せのサラダ! いいサラダというのは、『野菜が立っている』ような感じがしますが、ここのサラダは、ほら! もうすごい立ってるでしょ!」
お気に入りのステックフリットを前に「これですよ、これ」とニンマリと笑顔に

――いい笑顔ですね。お食事しながらお話を続けたいのですが、植野さんがお考えになる「本当に美味しいもの」とは何なのでしょうか?

植野編集長
植野編集長
「一言で言えば『明日も、1年後も、10年後も食べたくなるようなもの』だと思います。普遍的な美味しさですね。ここの『ステックフリット』もそう。ソースで味付けるのではなく、シンプルに肉の味が楽しめるし、表面の香ばしい焼き目が最高のソースとなっている。これなんですよ! 今日食べて『あぁ、美味しかった。でも、もうしばらく食べなくてもいいかな』という強い旨さではなくて、毎日でも食べたくなるような味わいですね」
「美味しいものって、結局、毎日食べたくなるような料理のこと」と植野編集長
植野編集長
植野編集長
「ちなみに僕が昨年食べたものの中で一番美味しいと思ったのは、北海道の小樽のウニ漁師のお母さんが握ってくれたおにぎり。ウニに軽く塩を振って一晩寝かしたものを中に入れて握っているだけなんですが、これはもう感動するくらいに美味かった。シンプルですけど、きっと100年後、200年後食べても絶対に美味しいと確信を持って言えます」

SNSが食文化に与えた「いい影響」

 

100年後、200年後に食べても絶対に美味しいと植野編集長が断言する、小樽のウニ漁師のお母さんの握るおにぎり。そういったものは、いわゆる「食のブーム」というものとはかけ離れたもの。では「食のブーム」とはなんなのでしょうか。そもそも、どういうメカニズムで起こるものなのでしょうか。

植野編集長
植野編集長
「それがわかれば僕らも苦労しないんですが(苦笑)。まず仕掛けがあるブームはそこまで長続きせず、自然発生的に生まれたものの方が強いとは思います」
 

――なるほど。近年ですとSNSがブームに与えた影響もあるような気がします。この点についてはいかがでしょうか。

植野編集長
植野編集長
「もちろんSNSの存在は無視できませんよね。SNSが普及して、みんなが食べたものを発信するようになって、作り手もいろいろなことを意識するようになったと思います。それは見た目の『映える』『映えない』ではなくて、料理って楽しいよね、料理ってこんなプレゼンテーションがあるよね、ということをみんなで共有できるようになった。それはいい影響だったと言っていいのではないでしょうか」

進化と退化を繰り返すことで、食文化は昇華する

ラミティエのオーナシェフ宮下さんとにこやかに話す植野編集長。創業時から通っているという植野さん。思い出話にも花が咲きます

――最後に、平成の次の時代の食についてもお聞きできればと思います。これからの日本の食はどうなっていくのでしょうか?

植野編集長
植野編集長
「本日は『平成は食の進化と退化の時代だった』と言いましたが、この流れを繰り返すことには大きな意味があると思います。たとえば美食大国のフランスでも革新と原点回帰を繰り返してきました。牛肉の煮込みも、肉に小麦粉をまぶしてから焼いて煮込むのが伝統的なスタイルでしたが、それではどうしても味わいが重くなる。そこでにんじんのすりおろしたものなどを入れて軽やかに仕上げる技法が流行ったりする。でも、やはり伝統的な調理の味わいがいい、という人も出てきて、また昔の作り方に戻ったりする。そうしたことを繰り返して、フレンチという料理は進化を続けているんです。平成の次の時代は、そういう時代になってほしいと思いますし、その兆しは見えています」
 

――なるほど。日本のこれからの食文化で特に注目したいことは何ですか?

植野編集長
植野編集長
「個人的には、地方の食はやっぱり面白いと思います。僕は47都道府県に足を運んだことがありますが、どこの地域もいつ行っても新しい発見がある。驚くことばかりです。実際に、東京の若いシェフたちも地方に積極的に美味しい食材を求めて足を運んでいますしね。ただ、熱心なあまり、次々に食材の産地や生産者を変えていくのはちょっと問題だと思いますが。いい食材や生産者に出会ったら、使い続けて季節や年の変化を知り、それを料理に生かすことも大切だと思います。それが各地で頑張っている生産者を応援することにもなるのではないでしょうか」

――食材を活かしきれるように料理人も考えるべきということですね。

植野編集長
植野編集長
「だから僕は、その土地とその土地の人たちのことを知ってこそ、美味しいものが作れると思うんです。また、その土地のことを知るという切り口で考えると、私たち日本人はもっと日本のことの知らないといけない。イタリアで何年も修業してきたシェフが作るイタリアンは“本場の味”を出せると思いますが、日本の文化を知った上でイタリアンを作るシェフは“本物の味”をつくれるのではないでしょうか。『美食の国・日本』というにはまだまだかもしれませんが、己を知ることこそ、日本の食文化の発展に欠かせない要素なのではないでしょうか。それは料理人も食べ手も両方に通じる課題だと思います」
 

取材・文/田代くるみ@Qurumu
撮影/今井裕治

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Yahoo!ライフマガジン編集部

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