吉田類×ライフマガジン編集長が語る「平成と大衆酒場」

特集

『平成』を人気メディアの編集長が語る

2019/03/31

吉田類×ライフマガジン編集長が語る「平成と大衆酒場」

4/1に発表された新元号『令和』。5/1からの施行まで平成の残り期間はあとわずか。酒場詩人として酒場を巡り、そのブームの立役者のひとりである吉田類さんに「平成と大衆酒場」について語っていただきました

Yahoo!ライフマガジン編集部

Yahoo!ライフマガジン編集部

\対談する人/

酒場詩人 吉田類さん

1949年、高知生まれ。20代は画家としてパリを拠点に活動。帰国後はイラストレーターに転身、90年代以降は酒と酒場をテーマにした著書を多数執筆。03年より「吉田類の酒場放浪記」(BS-TBS)に出演中

Yahoo!ライフマガジン編集長 秋吉健太

1969年、熊本生まれ。熊本のタウン情報誌編集者を経て、97年に角川書店入社、『KyushuWalker』『Tokyo Walker』編集長などを歴任。16年より『Yahoo!ライフマガジン』の編集長

赤提灯がぶら下がる、昭和感漂う“大衆酒場”。ひと昔前はおじさんが集まるお店のイメージだったものの、1000円で安く飲める「せんべろ」がトレンドになったり、浅草の「ホッピー通り」に若い女子たちがこぞって通っていたりと、今まさに酒場ブーム。

新元号の『令和』が発表され、平成が終わろうとしている今どうして私たちは大衆酒場を愛さずにはいられないのでしょうか。数多くの愛飲家に支持されているBS-TBSの人気番組『吉田類の酒場放浪記』でおなじみの酒場詩人・吉田類さんに、弊サイト編集長の秋吉が新宿ゴールデン街で話を聞きます。

類さんと初めて飲んだ思い出のゴールデン街で

新宿ゴールデン街の三番街に佇む「ばるぼら屋」。ガラス張りだから一見さんでも入りやすい空気感が漂う

取材場所は新宿ゴールデン街の「ばるぼら屋」。歌舞伎町で長年バーを営んだオーナーが、2004年にオープンした鉄板焼き屋です。1階は10席ほどのカウンター席、2階は大人4人も入ればギュウギュウのお座敷席。どうやらふたりにとっては大変思い出深い場所のようで…。

秋吉編集長
秋吉編集長
「類さんと僕が初めてこちらのお店でお会いしたのはこちらのお店がオープンしてまもないころですよね。ゴールデン街は今でこそ観光地として人気になっていて随分と入りやすくなってますけど、それまでは常連さんしか入れないようなイメージで…。だから僕もそれまでは一度も足を踏み入れたことがなかったんです」
類さん
類さん
「あれから15年も経ったんだ、懐かしいね。あの頃僕はすでにゴールデン街に通い慣れていたけれど、当時は、映画監督や作家、編集者などの溜まり場だったんだよね。ここで初めて会った夜は、結局二人で8軒もハシゴしたんだよなぁ(笑)」
1Fのカウンター内の鉄板で焼き上げる
秋吉編集長
秋吉編集長
「はい(笑)。実は、あの日最初はとても緊張していて…。“飲みのプロ”ともいうべき類さんの前で、最初の一杯を何にすべきか30分以上も悩んだほどです。ツウは一杯目から凄く強いお酒を頼むんじゃないかと。それで『類さんと同じものを頼めばいいんだ』という結論に至って、いざお店に着いて第一声『類さんは何を飲まれますか?』って聞いたら、『僕、シークァーサーサワー』って(笑)。その時に何を飲んでもいいんだ、自由にお酒を楽しんでいいんだなって思いました」
出会った頃の昔話に花が咲く、類さんと秋吉編集長

15年以上も交流が続く仲睦まじいふたり。時に笑いの鉄板ネタ(鉄板焼き屋だけに)を挟みながら、テンポよくトークが進んでいきます。そうこうしている間に、類さんがオーダーしてくれたお好み焼きや、牛スジ煮などが次々とテーブルに。さぁ、気になるそのお味は?

類さんがよく注文するというイカ玉(900円)など激的にうまいお好み焼きメニュが揃う
類さん
類さん
「うん、おいしい。やっぱり関西出身の店主だから出せるこのソースの味、そしてふわふわの生地、たまらないねぇ。あ、もっと食べたいから追加でもう2枚頼んじゃおうか! もつ煮と牡蠣炒めも頼もうかな」

実は類さん、よく飲むけど、よく食べるのです。しかもガッツリ、腹にたまるものを。おそらく肝臓だけでなく、胃袋も強靭なものをお持ちのようで。

取材は途中から2階のお座敷席に移動し、テーブルに並べられた結構な量のお料理をつまみながら(そして当然飲みながら)続けられました

名酒場が東京の東側に多い理由

カウンターもいいけど、座敷での対面もいいですよね。二人が初めて会ったのがこの部屋なのだそう

酒好きのレジェンド的存在の類さん。酒場好きになったのは平成のはじめ頃だったとか。つまり類さんのリアル酒場放浪記の歴史は平成とともにあったのです。

類さん
類さん
「かつて14年間、江東区の東陽町に住んでいたことがあって。僕は毎日外食なので、食事するなら門前仲町の飲食街に行くのが定番だった。そうした僕の“日常”の延長線というか、ごく自然に東京の酒場の飲み歩きが始まったんだよね」
秋吉編集長
秋吉編集長
「そういう意味で、類さんの酒場巡りの原点は門前仲町なんですね。以前、門前仲町の名酒場として『魚三酒場』を類さんに教えていただいて。先日、久しぶりに行ってみたんです。類さんおすすめのお刺身はもちろん美味しかったですけど、たまたま隣に座っていた常連さんに薦めていただいた『あら煮』が50円、『ぶりのスープ』が100円と安くて驚きの連続でした。類さん、昔からある大衆酒場って東京の東側に多い気がするんですが、それはなぜでしょうか?」
酒場がアツいエリアに印をつける秋吉編集長。なぜ名酒場は、東京の東側に集結?
類さん
類さん
「名酒場が皇居から東側の城東エリアに集中しているのは、戦後の復興時に活躍した肉体労働者のみなさんが住んだ街が江東区、墨田区、足立区、葛飾区などの城東地域だったから。当時、東京の玄関口が上野で、ここに来やすい東北から単身赴任でやって来る人が多かったんだよね。そこで食事処として誕生したのが、東北の地酒、食事を提供し、故郷のお国言葉が聞けるお店。ほとんどが立ち飲みで、これが大衆酒場の原点だね」
コメントが終わると、喉を潤すためにグラスを傾ける類さん
秋吉編集長
秋吉編集長
「なるほど、そういう理由があるんですね。僕は出身が九州だからか、どうしても東京の西側に住みたくなってしまうんですよ。なので東京の東側にある名酒場に行く際は毎回ちょっとした旅気分を味わっています。あと大衆酒場といえば、“コの字”のカウンターですよね。厨房を囲むかたちで、お客さんがぎっしりと詰めて立飲みするという、あのスタイル」
類さん
類さん
「人が押し寄せる雑多なお店の中でも、従業員が動き回れて、作った料理をカウンターに並べておける。それが“コの字”カウンターの特長だよね」
秋吉編集長
秋吉編集長
「魚三酒場も“コの字”カウンター。向かいの席の人が何を食べているかを見ながら『あれ美味しそうだな』と自分も同じものを頼めるのもいいですよね」
類さん
類さん
「“コの字”カウンターだとお客さん全員の顔が見えるしね」
秋吉編集長
秋吉編集長
「類さんが酒場に通い始められた平成初頭って、まだ世の中的にはバブルでしたよね。そんな中で大衆酒場の情報って今ほどなかったように思います。SNSはもちろん、ネットもそこまで普及していなかったですし」
類さん
類さん
「テレビや雑誌で取り上げられることも、ほぼなかったね。だけど門前仲町あたりの酒場に行くと、いつも賑わってたんだよ。地元の工場に勤める人たちはもちろんだけど、神保町なんかの出版社に勤める編集者や文化人みたいな人たちが来ていることも多かった。バブル崩壊してからは、普通のサラリーマンの姿を見かけることも前より多くなってきた感じかな」
昭和レトロ感満載のばるぼら屋の店内
秋吉編集長
秋吉編集長
「なんでサラリーマンも大衆酒場に来るようになったのでしょうか」
類さん
類さん
「単純に言うと、お金を好き放題に使うわけにいかなくなったからじゃないかな。安く美味しいお酒が飲める場所として選ばれたのが、立ち飲みだったんだね。もっとも当時は男性客の方が圧倒的に多かった」
秋吉編集長が持参した類さん初の著書『立ち呑み詩人のすすめ』
秋吉編集長
秋吉編集長
「平成の初頭頃には酒場について紹介された本が出て、それから1994(平成6)年にラズウェル細木さんのマンガ『酒のほそ道』が連載スタートしたり、1995(平成7)年頃から雑誌『dancyu』でも毎年夏に居酒屋特集が組まれたりと、この頃になると絵やカラー写真でわかりやすく酒場の様子を知ることができるようになりました。類さんも、2000(平成12)年に『立ち呑み詩人のすすめ』を執筆され、2003(平成15)年には『吉田類の酒場放浪記』がスタートします」
類さん
類さん
「そうだね」
秋吉編集長
秋吉編集長
「やっぱり『吉田類の酒場放浪記』はエポックメイキングだったというか、あそこまでリアルに酒場を映し出す映像ってなかったと思うんですよ。その酒場ではどんな食べ物がいくらで楽しめて、お客さんたちはどんな人たちなのか。テレビのモニターに映し出される酒場の映像を通してそれらの知識を得ることができました」
類さん
類さん
「番組が始まってからもう16年になるね」
秋吉編集長
秋吉編集長
「たとえば『吉田類の酒場放浪記』を親と一緒に10歳の頃から見ていた人はもう26歳ですもんね。その人たちが『番組で見た酒場に行ってみたい』と酒場巡りをしたりするんでしょうね」
類さん
類さん
「最近『うちの子の名前、類さんからもらって“類”にしたんです』なんて声をかけられることもあるよ。嬉しいよね」
秋吉編集長
秋吉編集長
「その名を聞くと将来は素敵な酒飲みになることが約束されている気がします(笑)」
新宿ゴールデン街の三番街にある「ばるぼら屋」の2Fは予約をすることもできる

平成最後の夜も、ここゴールデン街で飲みたい

酒場詩人の類さん。ドリンクはやっぱりホッピー!

さて、さきほどから類さんと秋吉編集長が飲み続けているホッピー。1970年代後半にブームが起き、まさに大衆酒場の酒の代表格ですが、その後チューハイの登場などもあり人気は徐々に下降の一途をたどり、昭和の後半から平成に前半にかけては、下火状態が続いていたといいます。

秋吉編集長
秋吉編集長
「そんな“ホッピー不遇の時代”でも類さんは、番組だけじゃなくプライベートでもホッピーを飲み続けていましたよね」
類さん
類さん
「そうだね」
秋吉編集長
秋吉編集長
「僕が前職の出版社時代に福岡に転勤になった2007(平成19)年、『ホッピーが飲みたいなぁ』と福岡でホッピーが飲めるお店を調べたら、当時福岡でホッピーが飲める場所が12〜13軒くらいだったんですよ。でも今、福岡でホッピーを飲める店を調べたら、80軒以上なわけですよ。酒好きのおじさんたちしか飲んでなかったようなホッピーが、今や若い女性でも愛飲するようになっている」
類さん
類さん
「今はホッピーは全国で飲めるようになっているね」
秋吉編集長
秋吉編集長
「インスタグラムで『#ホッピー通り』って検索したら、若い女性たちがホッピーやビールを手に写真をアップしているんです。こんなこと、10年前じゃありえなかったことですよね」
そう説明しながらインスタ画面を見せる秋吉。類さんもマジマジとファクトチェック!
類さん
類さん
「え、こんなことになってるの? すごいねえ」
秋吉編集長
秋吉編集長
「柳田國男が言うところの『ハレ』と『ケ』で表現すれば『ケ』の日、普段の生活の一部として行っていたのが大衆酒場ですよね。今は『ハレ』の日に楽しむ場所としても大衆酒場を訪れる人が増えているんじゃないかと思います」
類さん
類さん
「ゴールデン街もそうだけど10年くらい前からかな、女性客の姿もずいぶんと増えたね」
秋吉編集長
秋吉編集長
「惜しくも昨年10月で閉店した渋谷『富士屋本店』もここ数年はたくさんの女性が訪れていましたね。『吉田類の酒場放浪記』の映像を通して酒場は怖くない、楽しい場所だということを多くの人が知ったんじゃないでしょうか」

酒場は心の故郷

いい感じに酔いが回ってきたふたり。取材時間も残り少ないので、最後にまとめに入っていただきましょう。

秋吉編集長
秋吉編集長
「類さんご自身が、この平成に大衆酒場が再び注目を集めるようになった理由をどうお考えですか?」
類さん
類さん
「そうだねぇ、平成に入って世の中の人が何を求めたかというと、おそらく昭和へのノスタルジーだと思うんだよ。その象徴として、わかりやすいのが大衆酒場だったと。若い人にとっても、(知らないはずなのに)懐かしさと心地よさを感じられる場所だったんだろうね。平成って、日本が再び前を向いて頑張ろうとした時代。そんなときに、人間って心の故郷が必要なんだなって思うわけです。その望郷の念というか、心に沸き起こる郷愁みたいなものを受け止めてくれる場所として、大衆酒場はうってつけだったんじゃないかな」
秋吉編集長
秋吉編集長
「たしかにそうかもしれませんね」
類さん
類さん
「あと、もうひとつ東日本大震災も大きな要因じゃないかな。いままでの価値観が揺らいで、コミュニティのあり方を考え直そうというムードも一部で起こった。リアルな付き合い、人と人との温度のある関係性を見直そうというわけだね。スマホで簡単にコミュニケーションが取れる時代に、あえて一緒になって、酒を酌み交わそうと。そういうムードに、大衆酒場はぴったりだったってこともあるんじゃないかな」
秋吉編集長
秋吉編集長
「それを聞いて思い出すのは3.11の直後に類さんが行った復興支援イベントのことです。あの時、世間は自粛ムード一色。なんとなくお酒を飲んじゃいけないんじゃないか、みたいな雰囲気もありましたよね。そんな中、類さんは、震災直後から『東北のお酒を飲んで復興支援をしよう』というチャリティイベント『吉田類と仲間達』を開催され、その活動は今も続いていますね」
類さんが震災のあった2011年から開催し続けているチャリティイベント『吉田類と仲間達』は、毎年秋に渋谷区の「笹塚ボウル」で開催されている
類さん
類さん
「震災の被害を報道で知って頭に浮かんだのは、東北の酒蔵や酒場で出会った人たちの笑顔だったんだよ。僕ら酒飲みは、酒を飲むしか取り柄がないのに、それもできない自粛ムードをなんとかしなきゃと思ってね。だから東北のお酒を飲んで応援しようと。1回目は震災から1ヶ月半後の5月1日だったね」
秋吉編集長
秋吉編集長
「チャリティイベントには須永辰緒さんや渡辺祐さん、いとうせいこうさんといった類さんと酒縁で結ばれた豪華なメンバーが毎回登場されますよね」
「何度か参加させていただきましたが、お客さんみんながずっと笑顔なのが印象的なイベントです」(秋吉編集長)
秋吉編集長
秋吉編集長
「さて、あと1ヶ月で平成も終わろうとしています。最後に類さんにお伺いしたいです。新元号の酒場に期待することは?」
類さん
類さん
「たとえば、昭和〜平成に頑張っていた建物も老朽化で立て直さなきゃいけない。そこでもう一度再生するなら、きっとより進化した昭和モダンの酒場でしょう。時代とともに日本酒の味も変わったし、昨今では日本ワインのレベルも格段に上がった。平成で育まれた酒場文化のさらなる発展に期待したいね」
秋吉編集長
秋吉編集長
「ちなみに類さん、平成最後の日、どこで飲みますか?」
類さん
類さん
「そうだね、城東地区の酒場もいいけど……やっぱりここゴールデン街かな!」
秋吉編集長
秋吉編集長
「是非お供させてください(笑)」

いかがでしたでしょうか。酒場詩人・吉田類さんと弊サイト編集長の秋吉の酒飲み対談。昭和に生まれた大衆酒場の文化が、平成初頭に萎みつつあったなか、吉田類さんという稀代の酒場詩人の存在、さらに時代の流れもあり今、まさに時代のど真ん中に舞い戻ってきました。平成が終わり、新時代が来たとき日本の酒場文化はどうなっていくのでしょうか。類さんの言うように、酒場文化のさらなる発展に期待したいですね。

この後、ゴールデン街へ消えていったふたり

取材・文/船橋麻貴
撮影/今井裕治

この記事を書いたライター情報

Yahoo!ライフマガジン編集部

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