“アナログレストラン”はレストランジャーナリスト犬養裕美子が選ぶ「いい店」。作り手がその場できちんと料理をしていること。小さくても居心地のいい空間とサービス、かつ良心的な値段。つまり人の手、手間をかけた「アナログ」で「アナ場」な店。第68回は神楽坂「エンジン」。
犬養 裕美子
レストランジャーナリスト
和の食材を使ったあっさり中華
2015年2月にオープンした時、余計なお世話だが、路地を入るロケ―ションが不安材料に思えた。「エンジン」が入っているビルは、公園奥の静かな場所。周辺には神楽坂らしい大人向けの店が多いが、 メインストリートの神楽坂、大久保通りからも入り込む奥まった場所にある。
隣接して神楽坂随一のタワーマンションがそびえているとはいえ、通りがかりのお客が入るとは思えない。その後も気になって何度か立ち寄ってみたのだが…、なんといつも満席で入れない! 心配は杞憂に終わったのだ。
それでめでたしめでたしなのだが、個人的にはせっかく来て食べられないのが、なんとも悔しかった。後日ようやくランチでリベンジを果たして、その人気の理由がわかった。
料理があきらかにおいしくなっている。こういうと、オープン時はおいしくなかったのか、というつっこみがあるかもしれないが、そんなことはない。当時もおいしかったが、まだ、松下シェフはどう出そうか、慎重に様子を見ていたのだろう。
それがこの4年で着実に開花したというか、『自分らしさ』の方向性が定まった。カウンター越しに見ていても明らかに余裕ある立ち居振る舞いが目に付く。特にチャーハンを作る約3分は、圧巻の鍋振り。
松下シェフは中華だけでなく和食店での経験があるから、「日本の旬の素材を取り入れた中国料理」をテーマにメニューを考えている。
「他の中国料理店では絶対にないだろう、〆サバを出して、男性のお客様にはとても評価を受けました」(松下シェフ)
新しい食材として昨年からジビエを使い始めた。イノシシのシュウマイや焼豚はジビエ好きのコアなファンの間で話題に。スペシャリテの黒酢の酢豚も、季節によって揚げた豚ロース肉に旬の素材を合わせる。
春は葉玉ねぎ、初夏はトマト、夏は石川芋、冬は堀川ゴボウなど、力のある素材同士、ガッツリ組み合って、食べ手を圧倒する。アラカルトだけでなく、コースにも必ず出るほど、この店の顔になった料理だ。
最近、人気を集めている日本人シェフの中国料理はいい意味で自由な表現を楽しんでいる。
中国料理の基本を守りながら、素材や表現には日本のエスプリを効かせる。そこに気付くのは、食べ歩きを重ねた人たちばかりではない。料理がおいしければ、そして店が居心地がよく適当な値段なら、どんな場所でも食いしん坊は引き付けられる。
「エンジン」は5年目を迎えても、まだまだ進化の勢いはとまらない。