“アナログレストラン”はレストランジャーナリスト犬養裕美子が選ぶ「いい店」。作り手がその場できちんと料理をしていること。小さくても居心地のいい空間とサービス、かつ良心的な値段。人の手、手間をかけた「アナログ」で「アナ場」な店。第69回は目白「タッパ・ディ・アル・チオーネ」
犬養 裕美子
レストランジャーナリスト
淡々と、まっとうに客を迎えるワインバー
最近、レストランの寿命がどんどん短くなっている気がする。オープンしたばかりの店は「新しい」ことに価値を持たせ、客もニューオープンや話題の店を目指す。そして、飽きられるのも早い。
だから10年以上も営業している店は珍しくなっている。2007年11月にオープンした目白「タッパ・ディ・アルチョーネ」は今年で12年目。場所は目白駅から徒歩10分と、けっこう歩く。通りがかりに入ってくる客はほとんどいない。
ここを目指してくる人ばかりと言ってもいいだろう。10年以上も営業を続けているのは、そんな常連に支えられているからだろう。
私がこの店を知ったのも、フランス料理の某有名料理長に教えてもらったからだ。
「いい店、みつけたんだよ。僕らの年代だとそんなに量は食べられないから、前菜2~3品、パスタ一品を注文して大満足。ダメだよ、記事にしたら。入れなくなっちゃうと困るから」と、おっしゃったけれど、「いい店はみんなにのもの」だからと勝手に理解して、ここに紹介することにしました
オーナーの大曽根和義さんは銀座の店での仕事が長かったが、縁あって、目白の店を任された。2年ほど店長を務め、独立。にぎやかな都心の繁華街でしのぎを削るより、静かな目白の方が自分に合っている、と考えてこの場所を選んだそう。
「前の店からのお客様も来て下さる。カウンター中心なので、そんなにたくさん入れませんし」(大曽根オーナー)
もの静かだが、カウンターの隅々まで神経を行き渡らせたサービスはさすがにベテランでなければ出せない安心感を感じさせてくれる。料理は阿部貴史シェフが担当。
「和の素材を取り入れるのが好きですね」(阿部シェフ)
旬の素材を使うので、メニューは毎日何かしら変化がある。その中で、常連の支持が高く、唯一定番化したのが「マスカルポーネとシンプルなトマトソースのスパゲッティ1600円。酸味のあるトマトソースがマスカルポーネのおかげでクリーミーに変身。
ある日の夜、カウンターにはパラパラと客が座っていた。そこに店の電話が鳴った。
会話を小耳にはさむと常連の方がこちらに向かっているようだ。すると大曽根さんが店の外に出ていった。しばらくして、タクシーでやってきた常連さんはどうやら少し足が悪いようだった。それでタクシーから店のカウンターまで誘導してあげようと待っていたのだ。
カウンターのお客は全員が気配りして椅子を少し動かす。入ってきたお客は全員に「スミマセン」と声をかけながら奥に進んでいった。その時思った。これからこういう心配りのできる店はとても必要とされるだろうと。
店に行きたくても、人に迷惑をかけるのでは?と最初からあきらめている人も多いはず。お店のさりげないリードと、お客さん同士の優しい気持ちがあれば、こうした店で料理やワインを楽しむことができる。大曽根さんには、ここであと10年頑張ってほしい。私がおばあちゃんになる時、こんな店があれば心強いもの。