伝統工芸が受け継がれる、アートを経てたどりついたガラスの器

2019/07/19

伝統工芸が受け継がれる、アートを経てたどりついたガラスの器

北陸の古都、金沢で生まれ育ち、ガラスを使ったアート活動を経てガラス作家として活躍する辻和美氏。ガラス作家になった経緯や、『factory zoomer』をはじめとした現在の活動について聞いてみました。

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伝統工芸が受け継がれる、アートを経てたどりついたガラスの器

ガラス制作スタジオ『factory zoomer』にてガラスづくりに励む辻和美氏

北陸の古都である金沢に生まれ育ち、ガラスを使ったアート活動を経て、現在はガラス作家として活躍。シンプルでモダンなデザインのガラスの器を手がける、辻和美氏に登場してもらい、ガラス作家になった経緯や、現在の活動内容について話を聞きました。

代表作『黒いめんちょこ』シリーズ。センセン(手前左)やホリホリ(手前右)など、様々なバリエーションがある

留学先のアメリカでアートに魅了。

そば猪口のような形のガラスの表面に、パウダー状になった黒いガラスをまきつけて被(き)せガラスにして、黒い部分を削って磨くと柄になる。2000年頃に誕生し、今では辻氏の代表作になっている『黒いめんちょこ』シリーズです。夜遅く家に帰ってきて、お腹が少しすいている時に、麺をちょこっとだけ食べたいという、辻氏自身の生活の中から生まれました。この器がフードスタイリストやライフスタイル誌の編集者の目にとまり、辻氏はガラス作家としての道を本格的に歩むことになります。
 
しかし、もともと目指していたものはアートの道でした。小さな頃から日本画を習っていた辻氏は、絵を描くのが好きだったため金沢美術大学のグラフィックデザイン学科へ入学。卒業後は、ステンドグラスのアーティストに弟子入りするためにサンフランシスコへ向かいました。「師匠のステンドグラスはまるで絵画のようでした。私もずっと絵やイラストを描いてきたので、すっかり魅了されたのです」と、辻氏が経緯を話してくれました。現地では弟子入りする傍ら、カリフォルニア美術工芸大学へ編入し、吹きガラスを学びました。
 
80年代のアメリカでは吹きガラスの技術を使いアートを生み出す、スタジオグラスムーブメントと呼ばれる大きな流れがあり、辻氏もその中にいたひとり。大学でもガラスによるアートを学び、卒業するまでの約3年半、アメリカでの生活が続きました。「1989年に日本へ帰ってきたのですが、文化の違うアメリカで学んできたことが日本ですぐに生かせるわけではなく、漠然とやりたいと思っていたことはあったのですが、どこから手をつけていいのかもわからない。そんな時に、金沢市が金沢卯辰山工芸工房という工芸作家の養成所をつくることになり、大学時代の先生が助手として働かないかと誘ってくれたのです」。

独立後に建てたガラス制作スタジオ『factory zoomer』は、金沢市の中心部から少し離れた丘の上にある

きっかけは器を喜んでもらえたこと。

金沢卯辰山工芸工房は、ガラスや陶芸、金属、染色、漆といった分野における研修所の役割を担っていて、大学で工芸を学んだ人が大学院へ進学するような存在だったそうです。辻氏はガラス工房の責任者として勤務。ガラスを制作することのできる設備が整っていたため、夕方以降は作品づくりに没頭できるなど、環境には恵まれていました。「けれど、アメリカでアートを目指していた私がつくる作品は、日本の人たちから見るとヘンテコなものばかり。私がつくりたいものは、日本ではどこに当てはまるのだろうって葛藤しながらアート活動をしていました」。
 
そんな日々を過ごす中で、変化が訪れました。吹きガラスができるということで、器をつくってほしいという依頼がいくつか舞い込んできました。出来上がった器を人に手渡すと、大変喜ばれることに気がついたのです。当時、辻氏が力を入れていたのは、ガラスを使ったインスタレーション。例えば、人間同士がぶつからずに微妙な関係を築いている時代をテーマに、ガラス製の大玉や小玉を天井からぶら下げ、互いにぶつからないようにモーターで動かすなど、大がかりなものが中心でした。

グローリーホールと呼ばれるガラスを形成するための窯
溶かすと色のついたガラスの材料になるカラーロッド

「冷え切った人間関係に疑問を感じて何とかしたいと思っていても、私の作品は、作品を通じて時代を表現するだけ。それなら、人の温もりを感じることのできるコップをつくって、ひとりでも多くの人たちに手渡していくことの方が、意味があるのではないかって思ったのです。温もりのあるコップを使うことで、人間味溢れる生活を取り戻すことができるんじゃないかって」。
 
1999年に独立し、ガラス制作スタジオの『factory zoomer』を設立。その後もアートと器という二足のわらじは続きましたが、現在は器づくりが中心です。「コップでもアートを表現できるんじゃないかって、考え方を切り替えることができるようになったのは、この3~4年の間ですね。今は様々なカテゴリーの壁がなくなってきていて、個人の価値観に委ねられる時代になってきました。もちろん、コップはただのコップなのですが、人がつくる生命力の宿るコップをアートって言ってもいいんじゃないかって。何か人のために動く方が、アートなんではないかな?」。

形は同じでも、柄が変わることで表情が大きく異なる

シンプルな形にバリエーション豊富な柄。

辻氏がつくる器は、グラフィックデザイン学科出身ということもあり、柄にも特徴が表れています。例えば、『黒いめんちょこ』シリーズでは、「ツブツブ」や「ホリホリ」、「モウモウ」といった柄が揃っていて、それぞれの柄に対して、「めんちょこ小」や「めんちょこ大」といったアイテムが用意されています。
 
「同じ形で色々な柄を選べるので集める楽しみがあるし、定番の柄はリピートにも対応しています。あと気を使っているのは色ですね。陶器や漆器が並ぶ食卓の中で、ガラスは少しでも目立つ色にするとキッチュな感じが出てしまいます。ガラス器では珍しい黒を使っているのも、料理との相性がいい点が支持されている理由なのかもしれませんね」。

『黒いめんちょこ』シリーズのつくり方で特徴的なのは、被(き)せガラスの表面をカットした後、ファイヤーポリッシングという手法を使っていること。カットしたばかりのガラスは、透き通っておらずザラザラで、もう一度火の中に入れることで磨かれます。機械で磨くのに比べてガラスのエッジが甘くなり、カットしたところが柔らかい表情に。この雰囲気が辻氏の器とぴったりマッチしています。

ファイヤーポリッシングで仕上げたカットグラス
47色のコップを並べることで人類の多様性を表現した企画展『color』

生活の道具であるガラスでもアートになる。

辻氏の器は、全国のギャラリーなどで定期的に行われる展示会で出合うことができます。中でも見どころになるのが、コンセプトを立ててつくられる企画展。例えば、『color』と題した企画では47色のガラスのコップを並べて、人種や国籍が違ってもその多様性が美しいものを生み出すことを表現。見に来て頂いた方が、好きな色のコップを選んで持って帰ることができるようにしました。
 
これまでのアート活動で培った経験を生かした企画展は他にもあります。工房でつくったガラスの中から出てくる余ったものや失敗作のガラス、更にお客様から割れてしまったガラスを引き取るサービスをしていて、それらのガラスをリサイクル。強い黒を特徴とする辻氏のガラスから生み出される、深みのある綺麗なブルーが様々な器を彩りました。
 
「ギャラリーの空間が和室だった時は、『traditional』と題して切子を展示。この時は伝統的なガラスということで、写しによる手磨きの切子をつくりました。スタンダードな器をつくる一方で、企画展でテーマを決めて取り組むと、生活の道具であるガラスの器でも意外とアートのように楽しめるものなんだと思いました」。

全国の作家から辻氏の器と相性のいいものをセレクトした『factory zoomer/shop』

ガラス作家以外の活動も積極的に展開。

現在、辻氏は『factory zoomer』で器を制作するだけでなく、同じ金沢市内に『factory zoomer/shop』と、『factory zoomer/gallery』を展開。一軒家をリノベーションした『factory zoomer/shop』は、辻氏のガラス作品と調和する陶器や木工製品など、全国の作家のものを扱うショップとして運営。更に、1階では京都のロースターにオーダーしているオリジナルブレンドのコーヒーを飲むことができ、2階では辻氏と旧知の仲であるソニア・パーク氏の『アーツ&サイエンス』の服を扱っています。
 
『factory zoomer/gallery』では、辻氏の作品を注文できる他、辻氏のこれまでの交友関係から関わりのある作家の作品を企画展として展示。生活における「生きる」と、活力としての「活きる」という、物質的にも精神的にも満たしてくれるものを基準として、工芸品だけでなく幅広いジャンルのものを展示しています。
 
最後にこれからやってみたいことを聞いてみました。「大切なのは、日々の生活を整えていくこと。私はショップの買い付けもしますし、ディスプレイもやります。ギャラリーにも展示初日は立っています。私を入れるとスタッフは9人いて、それぞれをうまく機能させていくことが大事。様々なことに目を光らせているディレクターとしての仕事も楽しいです。もちろん、ガラスの基本であるコップもたくさんつくっていきたいですね」。
 
ガラス作家でありながら、多くのスタッフを抱えるクリエイティヴディレクターとしての顔も持っている辻氏。温もりを感じるコップを通じて、更なる活躍が期待できそうです。
 
辻氏が生まれ育った金沢について。今でも伝統工芸が息づく古都に対する思いを聞いてみます。

1150℃の高温になる溶解炉で作業を行う辻和美氏

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