群馬・太田市 国指定重要文化財・曹源寺栄螺堂の足跡

2019/07/10

群馬・太田市 国指定重要文化財・曹源寺栄螺堂の足跡

昨年12月、国の重要文化財に指定された、太田市東今泉町の曹源寺栄螺堂。江戸時代に各地で建立された珍しい構造の観音堂、通称、さざえ堂のなかでも最古級かつ最大規模を誇る、同寺の歴史を取材した。

中広

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江戸時代に人気を集めたらせん構造の観音堂

金山丘陵の東端に位置する曹洞宗の寺院、曹源寺栄螺堂。昨年12月、国の重要文化財に指定された本堂は、埼玉県本庄市の成身院百体観音堂、福島県会津若松市の円通三匝堂(さんそうどう)と並ぶ、日本三堂さざえ堂のひとつだ。

曹源寺栄螺堂
平成30年12月25日に国指定重要文化財に指定された

同寺の起源は、今から800年以上昔の鎌倉時代。新田氏の祖である新田義重が、京都から迎えた養姫・祥寿姫を若くして失い、その菩提を弔うため、文治3(1187)年に六角堂を建立したと寺伝に記されている。

以来、新田氏歴代の祈願所となり、建武2(1335)年に新田義貞が改めて館の近くに寺院として開山。文安元(1444)年、太田金山城主・岩田氏の家老、横瀬貞俊によって現在の東今泉町に本堂が建てられたものの、江戸時代末期に起こった火災で焼失した。これにより、被害から免れた観音堂が、本堂として使われるようになったという。

さざえ堂とは、江戸時代後期に東北から関東地方にかけて建てられた、三匝堂と呼ばれる特殊な3階建て観音堂の通称である。堂内はらせん構造の回廊となっており、仏教で尊ばれる右回りに回遊しながら上り、同じ経路を通らずに下りられる仕組みだ。その呼び名は、形状が貝のサザエに似ているところに由来する。

日本初といわれているさざえ堂は安永9(1780)年、江戸の本所(現東京都江東区大島付近)に建立された五百羅漢寺(らかんじ)の三匝堂である。特殊な構造の観音堂が誕生した背景にあるのは、江戸時代に庶民の間で流行した各地の三十三番札所巡りだ。

6世紀の飛鳥時代、日本に伝わったとされる観音信仰。観音が人々を救う際に、33の姿に変化するという言い伝えにちなみ、古くから各地に33の札所が設けられていた。しかし、交通手段の発達していない江戸時代に、遠方を訪ねる巡礼の旅は至難の業だ。そこで、百観音巡りを簡略化しようと、五百羅漢寺の住職によって考案されたと伝わるのが、1カ所で観音巡りと同じご利益を得られるさざえ堂である。

西国三十三観音が配置された最上階。黄金に輝く観音像は、表情が豊かだ

曹源寺では、地元の人々に百観音巡りを楽しんでほしいと、寛政10(1798)年に五百羅漢寺の三匝堂をモデルとした観音堂を建立。堂内には、百札所の観世音菩薩を模した百体の観音像が安置された。同寺の栄螺堂を一巡すれば百カ所の札所を巡った功徳を得られるとの評判は、やがて多くの人々に広まり、関東一円から拝観者が訪れるようになったという。

平成の大規模修繕を経て新しい時代へ歴史を残す

1階に本尊の魚藍(ぎょらん)観世音菩薩と秩父三十四観音、2階に坂東三十三観音、3階に西国三十三観音を配置した曹源寺栄螺堂。堂内は右回りの一方通行で百観音を参拝した後、3階から周囲を展望できる。庶民の百観音巡礼と行楽気分を満たした同建物は、日本に現存するさざえ堂のなかでも最古級、最大規模である。

外観は2階建てに見えるが、中は3層構造になっており、広さは間口・奥行ともに9間(約16・3メートル)で、高さ55・5尺(約16・8メートル)。4本の大黒柱が最上階まで伸び、太い梁が通された吹き抜けの天井も圧巻の眺めだ。

2階建てに見えるが、中は3層構造になっている

また、二重らせん構造の巡礼路は斜路や階段、橋などが複雑に巡らされている。同じ場所を通らずに1階から3階まで上り下りできるからくりも、堂内随所で楽しめる。

堂内の巡礼路にかけられた太鼓橋。往路と帰路が立体的に交差する二重のらせん構造を実感できる

観音信仰と共に江戸時代の人々に親しまれた同寺であるが、明治時代に入ると取り巻く環境は一変する。明治政府による神仏分離令の発布後に、全国の寺院で仏像や経典、建物自体を破壊する廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)運動が起こったのだ。

時代の波にのまれた同寺は、1階部分の観音像や本尊などが取り壊され、参拝路も撤去。明治7(1874)年から12年間、小学校の校舎として使われていたという。廃仏毀釈運動の鎮静後、しばらく荒れた状態が続いていたものの、大正末期から昭和初期にかけて修復され、ようやく元の姿を取り戻した。

昭和から平成へ時代は移り、同寺の周辺は住宅街に様変わり。時代の変化と共に寺を訪れる人は少なくなったが、その歴史は連綿と受け継がれている。

平成27年から2年間かけて行われた大規模な保存修理では、大きく傾斜した大黒柱の是正や構造補強、壁の塗り直しなどを実施。貴重な文化財を未来に残す準備が整った。国の重要文化財指定を受け、これからも百観音信仰を後世に伝えていきたいと、星野眞往(しんおう)32代目住職は話す。

境内には多数のあじさいが植えられ、群馬のあじさい寺との異名も持つ曹源寺栄螺堂。風情あふれる境内を散策しながら、江戸時代の庶民が親しんだ百観音巡りを体感してみるのもいいだろう。

平成最後の国重要文化財に指定された曹源寺栄螺堂。6月下旬には、境内が色鮮やかなあじさいで埋め尽くされる

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