素材のすべてを生かし、実現した新しい形の地方ブランド。

2019/07/19

素材のすべてを生かし、実現した新しい形の地方ブランド。

黒川温泉などの温泉郷で知られている熊本県南小国町。自然に囲まれた田園風景が広がるこの町で、オープンしたのがインテリア・ライフスタイルブランド『FIL』の旗艦店『FIL STORE』。このブランドを立ち上げたのは、南小国町で林業に携わる穴井俊輔氏。『FIL』の誕生経緯を伺いました。

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素材のすべてを生かし、実現した新しい形の地方ブランド。

すべてのプロダクトを見ることができる『FIL STORE』

阿蘇外輪山の北側に位置する熊本県の南小国町は、黒川温泉などの温泉郷で知られています。自然に囲まれた田園風景が広がるこの町で、2017年の夏に突如オープンしたのがインテリア・ライフスタイルブランド『FIL』の旗艦店『FIL STORE』です。この新ブランドを立ち上げたのは、南小国町で林業に携わっている穴井俊輔氏。『FIL』が誕生した経緯などを話してもらいました。

『FIL STORE』は自然光が降り注ぐ開放的な設計

地元を代表する特産品の小国杉を使った洗練された家具がメイン。

『FIL』は穴井氏が代表取締役を務める林業を営む会社『Foreque』が2017年の夏に発表したばかりのインテリア・ライフスタイルブランド。東京やパリのクリエイターとの創作活動から家具やフレグランスを展開し、旗艦店にはものづくりの場を提供するファブラボも併設しています。丁寧な手入れで保たれてきた阿蘇の美しい景観、訪問者を優しく受け入れる温かな心、そのような「自然と人・人と人」のつながりを重んじる文化や価値観を「Fulfilling life=満ち溢れた人生」というコンセプトで表現。長く愛用することができ、人とモノの関係において深く強いつながりを生む製品作りに挑戦しています。

最大の特徴は、地元の特産品である小国杉の間伐材を使っていること。その特徴は薄いピンクの木肌であることと、杉材の中でも木に粘りがあり強度があること。「杉の中でも油分を多く含んでいるためしっとりとした手触りで、経年変化によって艶が出て美しくなる。だから、この木は本当に杉ですかって聞かれることも多いですね。また、木材には比重というのがあり同じ形状でも重さが違うのですが、杉の比重は広葉樹と比べるとすごく軽いのです」と、穴井氏が説明してくれました。一般的に家具には広葉樹が多く使用される中、杉材の特徴である軽さを生かして作られた『FIL』の家具は、東京のデザインオフィス『Canuch』の木下陽介氏が手がけました。小国杉とカッパー(銅)色の繊細なフレームを合わせた、異素材との対比が目を引くデザインになっています。

もうひとつの特徴は、フレグランスには店舗に隣接するファクトリーで抽出する小国杉のエッセンシャルオイルが使用されていること。普段、伐採時に不要とされる葉の部分を原料として使うことで、新しい価値を見出しています。「パリで活躍中の『Miya Shinma PARFUMS』の新間美也さんに調香を担当してもらいました。パリにエッセンシャルオイルを送り、一年以上かけて調香してもらった」という香りは、小国杉の土壌である阿蘇の溶岩を使用したポプリのフレグランスオイルに。温かさを感じるやさしい香りが楽しめます。

精油を抽出するファクトリーやスタジオも併設しています
カッパー(銅)色のフレームが特徴の『Dining Chair』
小国杉の葉から精油を抽出するファクトリー
阿蘇の溶岩から香りが漂うユニークなポプリ『Susano』

『Foreque』と東京・岡山・パリのクリエイターとのコラボプロジェクト。

60年以上にわたって管理されている穴井家が所有する山

穴井氏の実家は60年以上前から、小国杉の原木を仕入れて建築資材に加工して販売する会社『穴井木材工場』を営んできました。3代目になる穴井氏は福岡の大学を卒業後、東京の経営コンサルティングを行う会社へ就職。さまざまな企業の社長を相手に仕事をしているうちに、自分の人生について深く考えるようになったといいます。そして、学生時代にオーストラリアやドイツなど20ヶ国以上を旅した穴井氏が、もう一度行ってみたいと思っていた聖書の歴史の国、イスラエルへ留学。帰国後に東京で3年働き、2代目を継いでいた父親が病で倒れたことがきっかけで帰郷します。その後、小国杉の建築材以外での活用と南小国の活性化のため、社内ベンチャーとして立ち上げた会社が『Foreque』だったのです。

「小国杉をもっと身近に感じてもらうために、酒器やカトラリーなどを作って販売していましたが、この取り組みは小さなものでした。もう少し斬新なことをしてみたいと思っていた時、2015年に黒川温泉と東京のクリエイター達が“KUROKAWA WONDER LAND”という映像を製作し、国内外でいくつものアワードを受賞したのです」と、当時のことを話してくれました。穴井氏はこの映像作品を監督した東京の映像プロダクション『EXIT FILM』の田村祥宏氏に、新しい取り組みを始めるから参加してもらえないかと相談。すると、紹介してもらったのが後に『FIL』のブランディングを担当する『BEES&HONEY』の今村玄紀氏でした。「コンセプチュアルなもの作りよりも、イデオロギー(ブランドのあり方)をしっかり持つことが大事」と、今村氏は軸となる部分を見つけ出すために南小国へ足を運んでフィールドワークを重ね、『FIL』プロジェクトがスタート。

全体のブランディングを企画した今村氏を中心に、家具のデザインを手掛けた木下氏、店舗を設計した岡山の『ようび建築設計室』の大島奈緒子氏と与語一哉氏、Webのデザイン・開発を担当した『Garden Eight』の野間寛貴氏、PR活動を担う『RINN』の梁原正寛氏といった、さまざまな分野のクリエイターが参加しました。

『FIL』の母体となっている穴井氏の家業『穴井木材工場』
小国杉を加工製材して建築資材として販売しています

家業が製材所だから実現できた、これまでの杉とは違う美しい木目。

小国杉の軽さを実感できる『SUGI PLATE』と『SUGI CUP』

そもそも『FIL』プロジェクトは、どうして多くの外部クリエイターに委ねる形でスタートしたのでしょうか。「地域の中だけで自己満足で完結するのではなく、この取り組みをきっかけに林業が魅力的に感じられ、分野を問わずこの業界に携わる人が次々と出てきて欲しい。そのためには、これまで林業とは無縁だと思われるような分野の人達も含めたチームで新しいプロダクトを生み出し、持続性のある事業を起こす必要があると思ったのです。国内外で認められ、突き抜けたものを作りたい。その強い思いからクリエイターとの出会いが次々と生まれ、今に至っています。」と、その狙いを話してくれました。

また、穴井氏がこだわったのは阿蘇の伝統や文化。使用する小国杉は祖父の時代に植林され60年以上も経ったものです。毎年阿蘇の山々では野焼きを行い『千年の草原』と呼ばれる草原を維持するなど、次世代を見据えて自然を管理しています。温泉も自然の恵みがあってこそ。自然と共に生き、そこに暮らしを形成する姿もブランドの中に反映させたいという思いがデザインにも結実しています。

もちろん、小国杉という素材にもこだわりがあり、特に注目してほしいのは木目。木材を切り出したときに、表面に現れる模様のことですが、主に柾目(まさめ)と板目(いため)があります。柾目は丸太の中心に向かって切り出す時に現れる、縦縞のように平行な木目のこと。歩留まりが悪く材料から取れる量が限られているため、コストとしては高いのですが、反りや収縮なとの差が少ない。板目は丸太の中心を避けて切り出すため、山形のような曲線の木目が生まれます。『FIL』の家具には美しい柾目が多く使用されています。製材所でのキャリアがアドバンテージとして生かされ、間伐材といっても小国杉の中でも品質の良い材料が多く使われています。

フレーム構造が美しい『Dining Chair』と『Round Table』
目の詰まった柾目(まさめ)。白と薄赤の木肌が一般的な杉と異なります
寄木の丸太を職人の手で削り出して作られる『Four leg Stool』

海外のメディアに取り上げられたことで日本での注目度も高まった。

淡く白い塗装を施した『Handle Stool』と『Four leg Stool』

プロダクトはもちろん、店舗やWebサイト、ヴィジュアルも含めたトータルのブランディングについて万全の態勢でスタートした『FIL』。実際の反響はどうだったのでしょうか。「ブランドの立ち上げと同時にWebサイトをオープンしたところ、最初に反応があったのは海外メディアでした。実は海外への発信も意識していて、建築やデザインの業界では有名なヨーロッパの『designboom』をはじめとした、複数の海外のWebメディアに取り上げてもらいました。すると、今度は海外メディアに掲載された記事を見た日本のメディアからの問い合わせがあり、オープンしてから現在に至るまで、さまざまな雑誌などのメディアに取り上げていただいています」

現在、『FIL』の商品はWebサイトか旗艦店での販売となっていますが、すでに各地からオーダーを受けており、個人客だけでなく、店舗や『Airb&b』の居室用などにも使用されています。また海外からの問い合わせもあるなど、販路の拡大にも期待が膨らみます。「東京の店舗や空間デザインを手がけている人など、私たちが狙っている層からの反響や手応えがあることはとても嬉しいです。反面、地元などではまだ導入に至っていないため、まだまだ試行錯誤している段階です」という現状も話してくれました。

生まれ育った南小国町と代々続く林業の活性化を目指す穴井氏

目指すのは、“満ち溢れる人生とは何か”を、問い続けていくブランド。

南小国や林業の活性化につなげたいという想いから『Foreque』を立ち上げ、『FIL』をスタートさせた穴井氏。「最初に展開するプロダクトにインテリアを選択しましたが、この業界の市場はすでに成熟しています。その中で埋もれず、『FIL』のあり方に共感してくれる人に響くものを作り続けていきたい。このプロジェクトを通じて感じたことは、コンセプトだけでなくブランドのあり方を深く探ることや、外部のクリエイターによるヴィジュアル面でのアートディレクションはとても重要な役割を果たしたということです。もちろん、私たちとしては南小国にしかないものや、ここでしかできないことを提案しなければならず、このブランドを大事に育てていきたいと思っています」と振り返っていただきました。

「南小国をはじめとする阿蘇全体はもともとひとつの山で、火山というひとつの大きな地盤の中で暮らしています。林業以外に農業や観光業など、南小国の様々な資源が枠を越えたつながりを広げていくことで、この土地の魅力を伝えられるような気がしています。『FIL』が南小国の様々な素材を生かすことができたらいい。今後の展開としては景観の美しい旗艦店にカフェをオープンさせることが決まっています。いずれは『FIL』の空間を丸ごと味わえるような宿泊型の施設を作ってみたい」と、穴井氏がヴィジョンを語ります。人口4000人の町から輩出されたとは思えない今回のプロジェクト。「Fulfilling life=満ち溢れる人生とは何か」をテーマに、『FIL』が掲げる構想はどこまでも広がっていきます。

ワークショップで調香して作ったアロマキャンドル

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