他に類を見ない独自のデザインで、播州織に新風を吹き込む。

他に類を見ない独自のデザインで、播州織に新風を吹き込む。

2019/07/31

神戸から電車で約1時間半、北播磨地域に位置する兵庫県西脇市に地場産業である播州織の手法を使い、独自の作品を生み出しているブランド『tamaki niime』のShop&Labがあります。デザイナー兼代表の玉木新雌氏に、ブランド立ち上げの経緯やオリジナルのもの作りの話を聞きました。

ONESTORY

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他に類を見ない独自のデザインで、播州織に新風を吹き込む。

『tamaki niime』を率いるデザイナー兼代表の玉木氏

神戸から電車で約1時間半、北播磨地域に位置する兵庫県西脇市。その静かな山間に、地場産業である播州織の手法を使い、独自の作品を生み出しているブランド『tamaki niime』のShop & Labがあります。デザイナー兼代表の玉木新雌(たまきにいめ)氏に、ブランド立ち上げの経緯やオリジナルのもの作りについて話を聞きました。

広大な敷地を誇る『tamaki niime』のShop&Lab

独特な風合いと色柄、デザインで魅せる新たな播州織。

『tamaki niime Shop & Lab』は、田園風景の中に圧巻のスケールで堂々と立っている

もとは播州織の染工場だった建物をリノベーションし、2016年9月に移転オープンした『tamaki niime Shop & Lab』。田畑が広がるのどかな風景の中にあって、存在感たっぷりな佇まいに圧倒されつつその中に足を踏み入れると、まずはショップに並ぶ色鮮やかな作品の数々が目に飛び込んできます。そして奥に広がるのは、織機が並ぶラボ。ガラス張りの壁を通して、訪れた人は誰でも、リアルタイムに繰り広げられるもの作りを間近で見ることができます。

播州織は、先に染めた糸を使って織り上げる先染め技法が特長の綿織物です。長い歴史の中で少しずつその役割を変え、近年は主にシャツに用いられる、適度な硬さ且つオーソドックスな色柄の生地を作ることで、シェアを伸ばしてきました。

そんな播州織に新風を吹き込んだのが、2004年にデザイナーの玉木氏が立ち上げたブランド『tamaki niime』。今や糸作りから独自に行い、多色を使ったむら染めなどオリジナリティ溢れる染色や、数色の糸を組み合わせて1本に撚るなどといった工夫で、独特な色味の糸を作り出しています。この糸を用いて織り上げるのは、播州織のイメージを覆すバリエーション豊かな色柄の生地。そして出来上がった生地は丁寧な手仕事を経て、代表作であるショールをはじめ、パンツやワンピース、バッグなど、日常を彩る多種多様なアイテムとなって届けられます。また、これらの作品はデザインやアイテムの多彩さはもちろん、どれも軟らかくてふんわりとした心地よい肌触りなのも特徴です。ここには、唯一無二の『tamaki niime』ワールドが広がっているのです。

ショップにはブランドの全アイテム2,600点以上が揃う
ショップに隣接するラボ。ガラス越しに中の様子がうかがえる
ラボに並ぶ、絶妙な色合いが美しいオリジナルの糸

可能性を模索していた玉木氏と播州織職人との出会い。

ラボの一角で見つけた、染められる前の糸の束

玉木氏は福井県勝山市生まれ。幼い頃から洋服に興味を持ち、高校卒業後は関西の大学、専門学校へ進学し、服作りを学びました。更に現場経験を積むべく、大阪の繊維商社にパタンナーとして就職。ひと通り実務を経験し、1年後に自らのブランド立ち上げを目指して退職しました。

この時玉木氏は、自分が何にこだわるべきなのかを自問自答。多くの人が日常使いできる、毎日でも着たくなる服を作りたいという想いから、まずは長く着ている服とすぐに着なくなる服の違いを考えました。そこで気付いたのが、着心地の良さでした。「デザインも大切ですが、それ以前に着心地が良くないと、結局着なくなるなと思ったんです。そこで、まずこだわるべきは素材だなと。これはすごい!という生地に出合わない限り、前に進めないと思いました」と玉木氏は当時を振り返ります。そうして、日本中の織物産地を巡る日々が始まったのです。

そんなある日、東京で行われた展示会で思わず足を止めたのが、初めて見る播州織のブースでした。播州織は、白い布を織ってからプリントしていく後染めとは違い、先染めでは先に染めた糸が重なり合うことで、あらゆる表情を生み出すことができます。その独特な風合いが、玉木氏の目に留まったのです。「触った感触は正直、綿なので悪くはないけど、良くもない……という印象でした。でも、何か面白いなと感じて。そこで話しかけた相手が、職人の西角博文さんだったんです」と玉木氏。通常、播州織の職人はメーカーから受注した生地を織るだけに留まり、展示会に参加するようなことはありません。ただ、この時は徐々に衰退しつつある播州織に危機感を覚えた西角氏が、自ら動き出したタイミング。そこに偶然、玉木氏が居合わせたのです。「その時は、面白いけど何だか柄がイマイチだと思い、偉そうにアドバイスをして立ち去りました(笑)。そしたら、1週間後に西角さんから『この前言われたとおりに織ってみたから見に来て』と連絡があったんです」と、玉木氏は当時の驚きを語ってくれました。この出来事が、玉木氏と播州織を急速に結びつけるきっかけとなったのです。

美しく染め上げられた糸が、静かに出番を待ちます
先染めの糸が織り成す美しさこそ、播州織の魅力

待望のブランドの立ち上げ、オリジナルの生地で勝負に出る。

大阪を拠点に立ち上げたブランドも、今や西脇市の顔に

西角氏からの連絡を受けて以降、頻繁にやり取りをするようになった玉木氏と西角氏。玉木氏は、もっと肌触りを良くできないのか、もっと軟らかさが欲しい、変わった色や柄が見たいなど、様々な要望を西角氏にぶつけます。それらを、長年の経験と培ってきた技術を糧に、なんとか形にしようと試行錯誤する西角氏。何度も試作を重ねながら、少しずつ玉木氏の理想に近い生地が出来上がっていきます。「それまでは、売っている生地を買うものだとばかり思っていたんです。でも、西角さんとのディスカッションの中で、生地から作るということもできるんだ!と分かって、道が開けましたね」と玉木氏。西角氏と創る播州織のオリジナルの生地なら、他ブランドとの差別化を図り、自分の作りたい服が作れると確信して、2004年に大阪にて自身のブランド『tamaki niime』を立ち上げました。
                                                                                                      
玉木氏が最初に手がけたアイテムはシャツ。「当時、播州織はほぼシャツの生地にしか使われていなかったので、勝手にシャツしか作れないと思い込んでいたんです(笑)」と玉木氏は当時を振り返ります。オーダーメイドは性に合わず、ある程度のサイズ、デザイン、生地のバリエーションを用意して、そこから組み合わせて選べる『セレクトメイド』の形で進めました。その後、パンツも取り扱うなど順調にアイテムの幅を広げながらも、これで良いのかと、確たる方向性を模索する日々が続きました。

当初はシャツのみだったアイテムが、ここまで多彩に

西脇市での暮らしを通して見出した、新たな方向性。

産地で作る意味を見出し、移住を決めた玉木氏

ブランドを立ち上げて約3年。西脇市が取り組む観光事業の一環として、玉木氏のもとへ西脇市への出店のオファーが舞い込みました。これを受けて、自身は大阪に残り、別のスタッフに任せる形で初めて西脇市に直営店をオープンしたのが2008年のこと。ところが、オープン当初の盛り上がりは長続きせず、客足は鈍ります。「店を閉めるべきかどうかというところで、最後にダメもとで、私が店に立ってみることにしたんです。西脇市との契約が切れるまでの残り3ヵ月間、店で寝泊まりしながらやってみました」と玉木氏。この3ヵ月間が、今に続く大きな転機となりました。

西脇市で生活するようになり、西角氏との距離が縮まった玉木氏。生地のサンプル作りに立ち会う機会も増え、開発のスピードは急速に上がりました。「今までは織り上がった生地に対して修正部分の要望を伝え、また織って頂いて……という形だったのが、その場でどんどん要望を言えるので、今まで数ヵ月かけていたやり取りが数十分で済むんですよね。そうなると、目の前でどんどん理想の生地が織り上がっていくのが、やばい!楽しい!って。もう店は徐々にでも立て直せれば良いかなと(笑)。こういうもの作りを続けていければ、もっと面白いものが作れると思ったんです」と、当時の興奮を話してくれた玉木氏。この時、店の継続と、自身の西脇市への移住を決意しました。

そして、この時にもうひとつ大きな収穫がありました。玉木氏曰く「西角さんと新しい生地を開発する中で、軟らかさを追求するあまり、縫うのが難しいほど軟らかい生地ができたんです。これはさすがにシャツには使えないという話になったのですが、ふと、巻くだけならいけるなと思って。首に巻くととても心地よくて、これでショールを作ろう!とひらめいたんです。それまでグダグダ悩んでいたところに、パッと光が射しましたね」と玉木氏は言います。ショールならば、コーディネイトのアクセントとしてシャツよりももっと色柄が遊べる上、柄物のシャツは着ないけれど、巻物はアクセサリー感覚で身につけるという客層も狙えます。観光客の方もお土産に購入しやすいはずです。こうして、世間でストールが流行る少し前のタイミングで、ショールという新たな代表作を掲げることになったのです。

ショールは、空気を纏うようなふんわりと軽い巻き心地
個性的なデザインと柔らかな肌触りが人気

自らの手で開拓し続ける、播州織の果てしない未来。

西脇市へ拠点を移し、ショールという武器を得たことで、玉木氏の理想の生地への追求は加速。西角氏をはじめとした職人たちのサポートを受けつつ、織機を譲り受け、玉木氏自身も織りの技術を身につけました。「私がこだわったのは、とにかく限りなく軟らかく、軽い生地。シャツの生地として流通する播州織とは真逆の、緩く織ってふんわりとさせる織り方に情熱を注ぎました」と玉木氏。そのために、あえて旧式の力織機も導入しました。自動織機でも古いものは動きがゆっくりで、細かな部分の調整は手作業で可能。電動ながらどこかアナログ的なところがあり、まるで手織りのような独特の表情や、ふんわりとした風合いを出すことができるのです。

また、密度の緩い生地を織り上げたのも新たな試み。職人の世界では、織り込む糸の本数が多いほど技術力が高いという競い方をするのに対して、玉木氏はこれまた真逆の作品を生み出しています。「糸の本数を減らせば、時間の短縮ができて生産数が増える、作品自体軽くなってお客様も喜ぶ、一石二鳥でしょう」と玉木氏は笑いますが、既成概念にとらわれないもの作りは、多くのファンを生みました。

今ではスタッフも増え、ラボも拡大し、糸から生地作り、織り、仕上げまで自社で一貫して手がけるように。お客様のニーズや自分たちが欲しいと思うものは何かを検討し、ショールをメインに作品のバリエーションも広げています。「お客様に飽きられないように、常に新しいことにチャレンジしたい」と語る玉木氏。次はどんなデザインの作品が生み出されるのか、今後の展開から目が離せません。

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