そば殻入りの素朴な味。秩父そばの可能性を広げる若き店主/埼玉

そば殻入りの素朴な味。秩父そばの可能性を広げる若き店主/埼玉

2019/08/17

客人を手打ちそばでもてなす習慣があった秩父地方。素朴な味に魅せられた若き店主に、秩父そばの魅力を伺いました。

Yahoo!ライフマガジン編集部

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昔からどの家庭でも食べていた秩父そばの名店へいざ!

埼玉県西部に広がる秩父地方は、周囲を山々に囲まれた盆地です。手つかずの自然が残るこの地域では昔からソバの栽培がおこなわれていて、ハレの日や遠方からの来客があったときにはどの家庭でも決まって手打ちそばを食べていました。そばを打つのは女性の役目で「そばをうまく打てる女性は嫁に行きやすい」なんて言葉もあったそうです。

秩父駅から車で4分ほどにある「わへいそば」。荒川に近く、大通りから入った静かな住宅地にあります

反発していた少年時代。いつしか父と同じ道に進んでいた

今回お邪魔したのは1982年に創業した「わへいそば」。店名は先代の黒沢和平さんの名前から付けられました。現在は2代目の黒沢学さんが店主を務めています。地元の高校から都内の調理師専門学校に進学し、卒業後は神田の老舗割烹「関西割烹おぐら」に就職。故・小倉和巳氏のもとで日本料理の腕を磨いたのちに実家を継ぎました。父親の背中を見て育ち自分も同じそば職人にという志を持ってこの道に入ったのかと思いきや、意外な言葉が返ってきました。

店主の黒沢学さん。神田の修業時代には難関のふぐ調理師免許も取得しています
ライター 吉岡
ライター 吉岡
「調理師の専門学校を出られて老舗割烹、そしてご実家に戻って2代目に。やはり小さい頃から『将来は店を継ぐんだ』という思いでこの世界に入ったんですか?」
店主 黒沢さん
店主 黒沢さん
「それがまったくの逆で。父の頃から繁盛していましたから、小学生の時は土日っていうとほとんど店の手伝いをやらされて。そば生地を踏む仕事、くるみを割る仕事、割りばしを箸袋に入れる仕事とか……ほんと渋々やってました。だから子どもの頃は『そば屋にだけは絶対になりたくない!』って思ってたんです(笑)」
古民家を思わせるような風情ある店内の様子。地元の家族連れや秩父を訪れた観光客でにぎわいます

高校は自宅に近いからという理由で秩父農工科学高校の食品科へ行き、就職か進学かを迷っていた3年生の時に友人から「調理師の専門学校が説明会を開くから、お前も一緒に行かない?」と言われてついて行っただけと、10代の頃を「なんとなくこの世界に導かれていった」と振り返ります。

黒沢さん
黒沢さん
「専門学校の説明会に行ったら、剥き物のデモンストレーションをやっていました。ニンジンをカットして桜や蝶を作るあれです。それも翼を大きく広げた鶴とかスケールの大きいやつを。料理の世界のアーティスティックな部分を初めて知って、専門学校に進学しようと決めたんです」

父親に代わって店を守るようになり気づいたそばにまつわる「?」

そんな黒沢さんでしたが、老舗割烹で経験を積むうちに「いずれは実家に戻って店を継ぐ時が来るだろうな」と漠然とした考えはあったそうです。しかしそのタイミングは修業を初めて5年が過ぎた頃に突然やってきます。和平さんが体調を崩して店に立つことが難しくなり、黒沢さんは実家に戻る決意をしました。「わへいそば」を継いだことで、そばに対して気になる部分が出てきたそうです。

カウンター席に置かれた石うすのミニチュア
黒沢さん
黒沢さん
「そばだけで食事を済ませるという行為に、おかずなしで白飯を食べるみたいな違和感があって。それでお腹を満たすために天ぷらを付けたり、そばをもう1枚頼んだりというのは昔からありますよね。それとは別のアプローチでお腹と心を満たせるような、そんな店にしようと思ってサイドメニューを考案したんです」
秩父地方の名物を集めた秩父名選3点盛り378円。遠方から来た観光客に喜ばれています

黒沢さんがおすすめしてくれたのは、秩父地方でとれるしゃくし菜の漬物や秩父のB級グルメで知られる味噌ポテト、さらにそば粉を練り込んだ蕎麦豆腐のセット。味噌ポテトの味噌ダレは桜味噌、山椒味噌、柚子味噌など季節に合わせて風味を変えています。ちなみに取材で伺った7月はピリ辛の南蛮味噌でした。季節感という演出を加えたサイドメニューは日本料理を学んだ黒沢さんらしい発想と言えます。

秩父そばをざるで味わうならくるみ汁918円が定番です。通常のつゆは810円

続いて、自家製のくるみペーストをつゆで割ったくるみ汁で茹でたてのざるそばをいただきました。秩父でとれるくるみの実を1粒ずつすりつぶしているそうで、黒沢さんが小学生の頃に手伝わされたくるみ割りはこれだったんですね。見た目はごまダレのようですが、くるみのコクがありながら口当たりは意外とあっさり。そば殻と一緒に挽いて作ったそばは、独特のざらりとした食感と強い香りが特徴です。

「そば=男の食べ物」というイメージをどうしても変えたかった

父親から受け継いだそばの味。そこに日本料理で培ったセンスと発想を取り入れた黒沢さんが次に試みたのは女性ファンの獲得でした。そば屋というと男性客が多いイメージですが、父親の代から「わへいそば」を贔屓にしてくれていたのも、やはりほとんどが男性だったそう。そこで器を変えるなどしてそれまでよりも柔らかいイメージを店に取り入れることにしました。

従来の黒いそばちょこから陶器製の明るいものにがらりとイメージを変更
黒沢さん
黒沢さん
「そば屋の器って黒や茶の暗い色味のものが多いですよね。業務用のカタログを見ていてもそば用といえばダーク系の器がスタンダードで。女性やお子さんでも入りやすい店にしようと思い、ピンクの差し色が入ったそばちょこに変えたんです。それだけが理由ではないですけど、私が店を継いで20年ほど経った今は半数以上が女性のお客さんになりましたね」
もっとそばに親しんでもらうため、女性に向けたPOPも自作しています

秩父そばらしさを守るには、そば切りはうまくない方がいい

昔から家庭で作っていたそばを再現するのが黒沢さんのポリシー

最後にそば打ちを見学させていただきました。「わへいそば」では、先代の頃から秩父産のそば粉と他の地域のそば粉を配合し、そば殻もブレンド。生地を延ばす際は丸く広げていきます。

ライター 吉岡
ライター 吉岡
「以前、おそば屋さんの取材をした時に『そばは四角く延ばしていく』と聞いたことがあります。こちらのお店では丸く延ばしていくんですね。何か理由があるんですか?」
黒沢さん
黒沢さん
「普通は四角く広げていきますよね。あれは生地の端を切っても麺が短くならないようにするための配慮です。ですが秩父そばは丸くしていくのが昔から一般的なんです。家で作るときは長さがまちまちでも気にしなかったわけですから。そのあたりも昔ながらの秩父そばを忠実に再現しています」
太さはあえてまばらに。それが田舎生まれの秩父そばらしさを出すポイントです

店を継ぐことになってまず苦労したのがそば切りだったと言います。弾力のあるそばに包丁を入れると思わぬ方向に傾いてしまい、思うように麺を切り出せない。曰く「毎日素振りしてました」そうです。

ライター 吉岡
ライター 吉岡
「1本1本を同じ太さに切り出していくのは、やはり相当な訓練が必要なんでしょうね。でも先ほどから見ていると、そばの太さはまちまちにしているような気がします」
黒沢さん
黒沢さん
「おそばって機械で切ったように均一の太さがよしとされますが、家庭的なものを目指す秩父そばはその真逆だと思っています」
ライター 吉岡
ライター 吉岡
「なるほど。太さが不揃いなところも秩父そばらしさというわけなんですね」
黒沢さん
黒沢さん
「20年もやってるとそば切りが上達してしまうので、あえて包丁にあてる左手の角度を変えながら太さにばらつきを出すように心がけています。職人というのは『もっとうまく作ろう』と常に上を目指すのが常ですが、私は『うまくなりすぎないように』と思いながら、父が生んだこのそばをもっと高めていこうと思っています」

取材メモ/先人たちが育んできた秩父そばと、父親から受け継いだ味への敬意。黒沢さんのお話には伝統をリスペクトしつつも進化をさせようという思いが詰まっていました。盛夏を迎えた秩父の美しい景色を愛でたあとは、黒沢さんの作るそばを味わってはいかがでしょう。

取材・文・撮影=吉岡啓雄

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