“アナログレストラン”はレストランジャーナリスト犬養裕美子が選ぶ「いい店」。作り手がその場できちんと料理をしていること。小さくても居心地のいい空間とサービス、かつ良心的な値段。つまり人の手、手間をかけた「アナログ」で「アナ場」な店。第72回は代官山「ル・サンプル」。
犬養 裕美子
レストランジャーナリスト
カウンター7席はいい時間を過ごしたい大人のため
扉を開けると店内のすべてが見渡せる。カウンター7席のみの小さな空間だが、ここに身を置くとなんとも居心地がいい。目の前でオーナーシェフの菊池晃一郎さんが料理を作り、その傍らでマダムの章代さんがサービスを担当する。店内には静かなジャスが流れているが、決して気取った店ではない。
実は菊池シェフ、若い頃ロサンジェルスで仕事をしていた。その時、菊地シェフの料理を気に入ったのが、ジャズピアニストの巨匠ジョー・サンプル。二人は客とシェフというよりも、互いに尊敬しあう友人として親交を深めた。2007年に帰国した菊池シェフが、広尾に店を構えた時、サンプル氏の名前を店名にしたのも、友情の証。日本公演の折には必ず菊池シェフの店に足を運んでくれたという。事情があって広尾をいったんクローズして再びアメリカに戻ったが、2016年ようやく代官山でレストランをオープン。今度は思い切ってカウンター席のみの店にした。
ふたりとも一歩引いた(それでも隅々まで気を配っている)距離感が絶妙。私は最近、レストランの中で大声で話す客が多くなったような気がする。かつては大声の主はオジサンと決まっていたものが、今は女性が多い。大声の客が一人でもいると、他のテーブルも競うように大声となり、店全体がボリュームマックス。ところがここでは誰もがゆったり、穏やかに話す。それはシェフとマダムの雰囲気そのもの。お店って、つくづくお客と店の両方で作られるものだなと思う。
料理はフランス料理を基本に、野菜をたっぷり組みあわせているのが特徴。コースは5皿で6480円。前菜は2皿が出でてくる。次は魚料理だが、これも野菜と魚が別皿で。そして肉料理。最後にデザート。リーズナブルな値段で野菜をたっぷり取れるのもうれしい。
「一皿のポーションを小さく、大きくなどのオーダーにもできる範囲でお受けしています」(菊池シェフ)
コースが多いと感じる日はアラカルトもOK。前菜1200円~、メイン2700円~。「疲れをいやし、元気になる」というのがレストランの語源だが、この距離感だからこそ、カスタムメイドも可能になるのだろう。心穏やかな時間を過ごせるレストランは私たちの宝ものだ。