愛知県下第2位の規模を誇る前方後円墳「青塚古墳」

愛知県下第2位の規模を誇る前方後円墳「青塚古墳」

2019/08/27

犬山市南部の楽田地区に所在する青塚古墳。出土した埴輪の形状などから4世紀中頃の築造と考えられる前方後円墳で、昭和58年、国の史跡に指定された。現在は史跡公園として整備されており、園内にはガイダンス施設も建つ。

中広

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大縣神社所管として守られ、今に築造時の様相を留める

代表的な古墳形式として知られる前方後円墳は、円形の墳丘と方形の墳丘が接続した形をしており、よく「鍵穴の形」と表現される。青塚古墳は、その前方後円墳の形状がはっきりと見て取れる、均整のとれた美しい古墳である。

整備前の青塚古墳。「鍵穴の形」と称される前方後円墳の形状が明確にわかる

墳長(大きさ)は123メートルで、愛知県では第2位の規模となる。後円部は径78メートル、高さ12メートル、前方部は長さ45メートル、幅62メートル、高さ7メートル。古墳を横から眺めると、段状になっているのがわかる。もっとも下部に高さ1メートル前後の段が取り巻き、その上部に後円部は3段、前方部は2段に築かれている。珍しいのは前方部の墳頂に、四角い壇が見られること。古墳が造られた後、新たに設けられたと考えられているが、用途などは不明だ。

かつては古墳の周囲に、自然の地形を利用した深さ1メートルほどの濠があり、さらにその周濠を堤が囲んでいた。濠を渡って古墳に続く土橋(陸橋部)も作られていた。

古くから大縣神社の社地として受け継がれた青塚古墳は、氏子をはじめ地域の人たちによって守られてきた。そのため、ほぼ造営された当時の姿が保たれてきたという。被葬者は定かでないが、大縣神社では、尾張地方開拓の祖神とされる大荒田命の墳墓と伝えられており、毎年、秋には青塚古墳において「墓前祭」が営まれている。

墳丘の表面を葺石が覆い、各段平坦部には埴輪が巡る

青塚古墳の発掘調査はこれまでに2度行われた。

最初は昭和54年、古墳を含む一帯の圃場整備事業に伴い、周濠と外堤の確認調査が実施された。これにより歴史的、学術的に価値が高いことが判明して、古墳の保存が優先され、圃場整備の対象区域から外れる。

2度目となる平成7年度から9年度にかけては、史跡整備を図るための調査だった。結果、古墳の形状や規模の確認が得られた。しかし、文化財保護の観点から内部の発掘はされておらず、内部構造や埋葬品類などは謎に包まれたままである。

ただ調査によって、多くの発見があった。もともとは古墳のほぼ全面が葺石(拳大の河原石)で覆われていた。墳丘の各段には、約2メートル間隔で壺形埴輪が据え置かれ、巡っていた。埴輪には赤色顔料(ベンガラ)が塗られており、灰白色の石の山に赤い埴輪が並ぶ様は、荘厳ささえ感じる。壺形埴輪以外に、後円部の頂上で樽形埴輪が、前方部の方形壇の周囲で円筒埴輪鏃形石製品が見つかっている。

2種類(ひれ付き朝顔形と普通円筒形)の円筒埴輪は、前方部の墳頂に設けられた方形壇から発見
墳丘全体に巡っていた壺形埴輪。胴長の形と、しもぶくれの形という2つのタイプが見つかっている 
【左】後円部の頂上だけに並べられていた樽形埴輪【右】ガイダンス施設の展示室
鏃形石製品は古墳時代前期に祭祀の道具として使われていたと考えられている。円筒埴輪と同じく、前方部の方形壇から見つかった。長さは約6センチ

天正12(1584)年の小牧長久手の戦いで、森長可が青塚古墳に陣を敷き、砦(青塚砦)として使用した。その際に後円部の上段斜面が削られるなど、改変が行われたことも調査で判明している。

古墳の保存・活用を図るため市が史跡公園として整備

犬山市では史跡の指定以降、青塚古墳の整備を目標に掲げる。平成8年度の文化庁の「史跡等活用特別事業」に採択され、平成11年度まで事業を推進した。主な内容は墳丘の実物大復元と周辺の整備、ガイダンス施設の設置などである。

復元に当たっては、古墳を傷つけないように、遺構面の上に厚さ約40センチの盛土を施した。葺石はせず、字名の由来となった「青塚」のイメージを残すため、墳丘には小熊笹、周辺の広場には芝を植えた。また最下段にのみ、レプリカの壺形埴輪を並べた。

平成12年8月5日、史跡公園として開園。併設のガイダンス施設「まほらの館」は展示室、研修室を備え、ガラス張りの休憩スペースからは古墳全体が一望できる。展示室には青塚古墳の埴輪や市内にある古墳の遺物、関連資料などが並ぶ。

平成22年度からは、NPO法人古代邇波の里・文化遺産ネットワーク(ニワ里ねっと)が、公園の活用と管理運営を市から受託しており、さまざまな活動を展開している。小学校の見学案内、古墳や犬山の歴史、文化に関する講座、体験教室の開催、青塚古墳まつりの実施、古代劇の上演などと多彩だ。

大塚 友恵さん

大塚 友恵さん

NPO法人古代邇波の里・文化遺産ネットワーク職員 学芸員

5月11日に開かれた「青塚古墳まつり」の様子。今年で第10回を数える。当日は歴史体験ワークショップ、バザー、演奏会など が行われ、多くの人で賑わった

現在は墳丘への立ち入りが禁止されている。ニワ里ねっとでは、毎年春と秋に「青塚古墳を見守る会」と協働で、古墳の清掃ボランティア活動を行っており、墳丘に上れる希少な機会となっている。墳頂からの眺めは、かつてこの地を治めていたであろう豪族の権威が感じられるほど壮観である。

整備前には、地域の人たちが山焼きをしていたそうだ。立ち入り厳禁の現在では、春と秋に草刈りなどの清掃活動を実施している

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