料理評論家・山本益博と学び味わう「江戸前」料理/第3回・寿司

料理評論家・山本益博と学び味わう「江戸前」料理/第3回・寿司

2019/10/21

料理評論家・山本益博さんによるYahoo!ライフマガジンの特別企画「東京の郷土料理、江戸前を訪ねる」。今回はお寿司をテーマに、四ツ谷「後楽寿司 やす秀(みつ)」にて開催された第3回「江戸前寿司で旬のネタを楽しむ」編の様子をお届けします(2019年8月3日に開催)。

Yahoo!ライフマガジン編集部

Yahoo!ライフマガジン編集部

【第3回】山本益博さんと江戸前料理の名店を訪ねる

全5回で江戸前料理を学び味わう特別企画

今宵は「寿司編」。江戸前の寿司職人は、旬の寿司ダネや握りにどう向き合っているのか? 益博さんの江戸前トークとともにお届けします。初の2部制で行なわれましたが、事前の申し込みはあっという間に満席でした!

料理評論家・山本益博さんによるYahoo!ライフマガジンの特別企画「東京の郷土料理、江戸前を訪ねる」も3回目を迎えました。同企画では益博さんから江戸前料理について学ぶとともに、全5回にわたって三大江戸前料理の寿司や天ぷら、うなぎの魅力を味わい尽くします。

舞台は、四ツ谷「後楽寿司 やす秀(みつ)」。「東京の郷土料理、江戸前を訪ねる。-第3回・江戸前寿司で旬のネタを楽しむ-」と題し、江戸前のお寿司をいただきます。そんな会の様子をお楽しみください。

山本益博(やまもと・ますひろ)

山本益博(やまもと・ますひろ)

料理評論家

\まずはおさらい/
「江戸前」の定義って?

第1回からお届けしている「江戸前」についてのあれこれ。そもそも「江戸前」とは何でしたっけ? まずは基本の“き”を振り返りましょう。この扇も、後ほどお寿司を知るうえで大事なポイントとして登場します

江戸前」という言葉にはさまざまな意味がありますが、「江戸前料理」においては「江戸の海、またはそこで獲れた魚」を意味します。この「江戸」=江戸城を指し、かつてはこの前に広がる海を「江戸の海」と定義していました(現在は一般的に、東京湾全体のことを指します)。

つまり東京湾(江戸の海)で獲られた魚をよりおいしく食べられるよう、仕事をほどこした料理が「江戸前料理」と呼ばれるようになったのです。保存する冷蔵庫も運ぶ手段もない時代、おいしく人々に届けるには、職人たちの技が必要不可欠でした

そして約60の河川が流入する東京湾は、栄養が豊富でおいしい魚介類が育つと言われてきました。が、漁業生産量はここ60年で約3分の1に減少。料理人たちは地方で獲れた魚も使いながらその味を伝えています。

いまなおここ東京で継がれている、そんな職人たちの仕事。今日も小粋な「江戸前」の味が楽しめる場所へ、益博さんが案内してくださいました。

益博さんと味わう江戸前寿司の会

はじまりはじまり

2011年にリニューアル、2017年にこちらへ移転した四ツ谷「後楽寿司 やす秀」。創業51年の現在は、今年44歳になる二代目・綿貫安秀さん(写真)が切り盛り。休日や連休には、自ら漁に出ることも多いそう

大通りから少し入った場所にある「後楽寿司 やす秀」は、カウンター8席と個室のみのこぢんまりとしたお店。今回は初の2部制で、計16名の参加者が集まりました。

いいお魚にちゃんと職人の仕事がされていて、素材そのものの味をおいしく楽しめるのが江戸前寿司。そんなお店の一軒としてこちらを選ばせていただきました。寿司ダネのお魚は、夏が豊富です。ぜひともアワビやコハダ、アナゴなどの旬の味を楽しんでください」と益博さん。

隠れ家のようにたたずむお店は、先週変えたばかりの表札が目印。もとの木製の表札が色あせたので、石の表札にされたそうですが、夜はライトアップされて雰囲気がありますね

本日は握りのみのコース。綿貫さんは開始時間の1時間前まで、出す順番に悩んでいたのだとか。「お寿司の流れは白身からが定番ですが、今日は昔ながらのマグロからはじめます。自分なりのストーリーを組み立ててみました」(綿貫さん)。

益博さん
益博さん
「今日はお寿司のみ12貫、ご主人が1人で握ってくださいます。おそらくこんなことはやったことがないと思うので、じっくりと味わってくださいね」

\本日のメニュー/

1.マグロの漬け、2.中トロ、3.新子(しんこ)、4.新イカ、5.キス、6.蒸し鮑、7.赤うに、8.アジ、9.エビ、10.カワハギ(箸休め:茄子のお漬け物)、11.かつお、12.穴子、赤だしのお味噌汁

江戸前寿司の成り立ちを学ぶ

「暑いので、涼しげなように」と、先付けとして「ウニとトウモロコシの冷製茶碗蒸し」を特別に出してくださいました。なめらかで、ふんわりと香ばしい風味が広がります

先付けを食べながら「みなさんはお寿司屋さんで、おつまみやお酒も楽しむでしょう。これはとても邪道なやり方です」と益博さん。「えっ!」と一同が顔を見合わせると、お寿司の成り立ちについての話へ。

\江戸前寿司の成り立ち/

「江戸のころは、屋台で立ち食いだったんです。当時は握りがものすごく大きかったから、6貫ぐらいをさっと食べたら、のれんで手を拭いて帰っていきました。だから昔は『のれんが汚れているお店ほど繁盛店』と言われたんですね」(益博さん)。

益博さん
益博さん
「お酒を飲んだり、会話を楽しむというのは戦後の風潮。さっと食べるお寿司屋さんが、飲み屋や割烹(かっぽう)料理屋さんのようになりました」

ちなみに江戸時代は、大きいお寿司を2つに切って食べていたそう。同じ寿司ダネを2貫出すスタイルは、そのころの名残りだといわれています。「お茶が入った大きな湯のみも屋台の名残り。屋台では頻繁に替えられないし、洗い物が1回で済むでしょ。だから大きいんです」(益博さん)。

すると「天ぷらは8割、お寿司は2割」。これ、何の割合だと思いますか?」と益博さん。「これは東京湾(江戸の海)のお魚を使っている比率です」と続けます
益博さん
益博さん
「『江戸前』と聞くと、多くの方はまずお寿司を思い浮かべると思いますが、実はお寿司屋さんの寿司ダネは、7割以上が地方で獲られたもの。東京湾で獲られているのは3割に満たないんです。逆に天ぷら店は、7割が東京湾のお魚」

「つまりのところ、お寿司でいう『江戸前』とは、まさに職人仕事のこと。お醤油で漬けたり酢でシメるなど、生のまま握るのではなく、仕事をほどこされているのが江戸前のお寿司です。なかでも代表的なのが、マグロの赤身とコハダ、アナゴの3つ」と益博さんは話します。

\江戸前寿司の代表的な3つ/
赤身(醤油に漬ける)
コハダ(酢と塩でシメる)
アナゴ(煮詰める)

マグロの赤身をお醤油に漬け込んだ“漬け”、酢と塩で締めたコハダ、煮詰めるアナゴと、みんな仕事が違います。

12貫の握りをいただきます

先付けを食べ終わったところで、握りがはじまります。参加者たちもいっそう、わくわくした表情に
煮切り醤油を塗って
「マグロの漬けです」(綿貫さん)

いよいよ握りが登場! 寿司ダネに込められた職人の仕事を、その歴史と共に味わっていきましょう。「今日出てくる12貫は、綿貫さんが考え抜いて、考え抜いたもの。江戸のころと同じように、順番は赤身からになりました」(益博さん)。

益博さん
益博さん
「いまは白身から出るのが定番でしょう。でもこの歴史はわずか30年しかありません。その前まではみんな、中トロや赤身から2貫ずつ食べていましたが、そのスタイルを『すきやばし次郎』の次郎さんが変えたんです。昔より魚の種類も増えたので、味わうのも1貫ずつに、と」

1.マグロの漬け

まずはマグロの漬けから。煮切り醤油を塗った“漬け”は、塩釜で獲れた113kgものマグロから切り取った赤身です! 夏のマグロは爽やかでさっぱり。魚とお醤油の旨味(うまみ)が染みます

2.中トロ

とろけるような中トロは、じんわりと脂の甘みが。ちなみに戦後の昭和30年以降は冷凍マグロが増えたために、赤身の人気が衰退。冷凍でも旨味を感じる中トロや大トロばかりが食べられていた時期もあったそう
益博さん
益博さん
「昔は冷蔵庫がないため、マグロを醤油樽に漬け込んで保存していました。江戸っ子はさっぱりした味が好きだから、脂がのった大トロや中トロは鍋などで食べて、赤身だけを漬けておいたんですね。そうすると、赤身とお醤油がなじんでくる。これが『漬け』のはじまりです」

「赤身の上に塗っているのは、お酒を加えて1度煮切った(沸騰させた)煮切り醤油。昔の屋台は洗い物が少ないほうが良かったので、醤油用の小皿がありません。こうして塗ることで、すぐ手でつまんで食べられる工夫がされていました」(益博さん)。

3.新子(しんこ)

東京の寿司ダネにおける元祖が、この「新子」。歯触りよく、きゅっと酢が効いています。海の香りが口中に!
益博さん
益博さん
「約200年前の1824(文政7)年ごろ、東京で握り寿司を考案したとされる華屋与兵衛(はなやよへえ)さんが『東京人に合う小ぶりな魚を』、と探したのがこのお魚。お寿司以外でコハダを食べた経験はありますか? ないですよね。つまりこれは、お寿司のために生まれてきた魚と言ってもいいくらい」

\ちょいとひと息/
江戸前寿司の黄金バランスとは

「前提として、江戸前の握り寿司は1口でぽんと(口に)入らないといけない。なので昔から『横から見たときに地紙(扇子)の形になるように握りなさい』と伝わってきました」(益博さん)
益博さん
益博さん
「幅は2寸5分(約7センチ)で切ると言われてきた。最近のマグロの握りなんかは、酢飯から帯のように垂れているものがあるじゃない? それじゃぁ一口で入らないし、バランスも悪い。東京の美意識は『小粋』、『粋』の上に『小さい』が付くんです。その典型が握り寿司」

酢飯については「新米だと粘り過ぎなので、一粒一粒が立って、ちゃんと味が染み込む古古米ぐらいがいい。そしてお魚ばかりに興味が行きがちだけれども、酢飯と一緒に食べるから両方が引き立ち飽きないわけで。特に『やす秀』さんのようなお寿司を食べると、ご飯をおいしく食べる料理の一つなのかな、と感じます」と益博さん。

「酢飯は季節で、浸水やお米の蒸らし時間も変える」と綿貫さん。「うちのシャリはでき上がって25分〜30分ぐらいが一番おいしい。今日は一番いい状態でご用意できました」(綿貫さん)

「使っているのはお酒に酒かすを入れて、ちょっと寝かせた赤酢。なのでこうした、色がちょっと赤っぽいシャリができます。コクと深みが増し、ちょっと味わいが強いネタでも負けないんです」(綿貫さん)。

4.新イカ

鹿児島で獲れた新イカは、スミイカの赤ちゃん。きゅっと香りよくつややかで、噛(か)んだ瞬間に、甘みがじわり。このサイズで一杯です(かわいい!)
益博さん
益博さん
「新イカは成長が早いので、一瞬で季節が終わる貴重な寿司ダネ。今回『お寿司の会』を真夏に選んだ理由は、先ほどのコハダや新子、この新イカが食べられるというのが大きい。お寿司は冬より夏のほうが、素晴らしいお魚に出合えますよ。オールスター戦ができる!
小さいですね〜! 

5.キス

キスをお寿司で食べたことってありますか? 実は江戸前では、定番の寿司ダネなのだそうです。今日は東京湾のキス。独特な歯応えと甘みが、酢飯と絶妙に重なります
益博さん
益博さん
「昔からキスは江戸前寿司でレギュラーの寿司ダネでしたが、いまは脂っこいノドグロやキンメダイなどの白身が人気で、駆逐されちゃった。酢と塩で締めると酢飯にぴったんこで、とても江戸前らしいお寿司なんだけれども、人気がいまひとつだからなかなか使われません」

続いては、握っている最中から「いい香り」、「大きい!」という声が挙がりました。その正体は千葉県・大原の蒸し鮑!

6.蒸し鮑

ふわりとやわらかな蒸し鮑は、風味豊か。あとを引く香りも心地いいです。「8時間ほどゆっくり蒸します。香りが負けるため、あえて海苔巻かない」とご主人
益博さん
益博さん
「鮑は香りが立ってこなかったら、どんなに高いタネを仕入れてきてもおいしさはゼロ。この、香りが立つ温度で出さないとおいしくない。さらに鮑は滑るので、とても握りにくいんです。今日の握りのなかで最も握りにくいひとつ

「この鮑を食べると分かるんですが、こうしたまっとうな江戸前の仕事をちゃんとされている職人さんは、なかなかいません。みなさんを『やす秀』にご案内したのも、そんな理由です」(益博さん)。

\ちょいとひと息/
江戸前の語源って?

写真左側は、先ほどの鮑のカラです。この大きさ、分かりますでしょうか
益博さん
益博さん
「僕は『江戸前=江戸の流儀、スタイル』だと思っていて。『前』が付く言葉は、自分のやり方を指す『自前』、あいつかっこいいねというと『男前』、in front ofの『前』だけじゃないでしょ」

「仕込んだお魚と酢飯をさっと握って、さっと食べてもらうのが江戸(東京)スタイル。大阪のほうだったらバッテラなど、時間をかけてなじんだところを食べさせるんだけれども」(益博さん)。

職人による、江戸スタイルのお寿司。さてさて、後半は何が出てくるんでしょう?

7.赤ウニ

濃厚かつ奥深い赤ウニは、パリッとした海苔の香りをまとわせて。「幻のウニとも称される、九州・唐津の赤ウニです。余計なことをせず、自信を持って用意した寿司ダネを引き出すご主人の技ですね」(益博さん)
板ウニの状態でも見せて頂きました

8.アジ

厚く歯触りいいアジは、酢飯と爽やかなショウガ、お魚の旨味が一体に。ご主人いわく「シャリに合うよう、握る前にお酢に潜(くぐ)らせている」とのこと

すると「僕はウニと貝が食べられなかった」と綿貫さん(!)。「磯の匂いやウニならミョウバンの味がダメで。ただ、穫れたてやわずかしかミョウバンを使っていないものを選んだり、貝類は数秒火を入れて、表面に膜を張ると臭みが取れる。自分の仕事をした貝は食べられるし、ウニも好きかなと思えるんです」(綿貫さん)。

9.エビ

ふんわり酢飯を包み込む優しい味わいのエビ。茹でたてです!
益博さん
益博さん
「40年ほど前までは、朝に湯がいたエビをガラスケースに入れておいて、夜に握っていたことも多かった。均一の温度で冷たく、お魚の水分がどんどん抜けていっちゃうから、いまはそのガラスケース自体をあまり見なくなりましたね」

「確かに、最近見なくなったね〜」と、参加者たちも自分たちの“寿司歴”を振り返ります。それだけお寿司は、日本人にとって馴染みのあるものなんですね。

10.カワハギ

10品目は、とろんと脂がのったカワハギ。間に入れた肝とのバランスが絶妙です。ネギの香りをのせて。「お酒もいいけど、ビールが合いますよ」と益博さん

\ちょいとひと息/
江戸前のグルメが発達したワケ

会も進んできたところで、話は江戸前料理の話題に。「江戸時代に、お寿司はお寿司、天ぷらは天ぷらだけと、それぞれに特化した屋台が広まったのにも、理由があります」と益博さんは話します

「参勤交代もあったりして、江戸時代はほとんど男所帯でした。自分で料理を作らないから、夜は外の屋台で食べていた。というのも、夜は火事が怖いから、家で火を使わせなかったんですね」(益博さん)。

益博さん
益博さん
「こういった単品料理はみんな外で食べていたから、職人さんのレベルがどんどん上がった。繰り返しお客さんがやってきて、同じ仕事をする。そういうところじゃないと名人は生まれません。ずっと名人と天才を追いかけてきましたが、名人は都市にしか生まれないんです
「朝炊いたご飯を昼夜も食べていた。だから朝のピカピカなご飯だけに『御』って字を付けた。朝御飯、昼飯、晩飯。夜にあたたかいものをと、お茶漬けが生まれたり。おいしく食べる工夫をしていたんです」(益博さん)

さて、箸休めにみずみずしい茄子をつまんだら、残すところはあと二貫。

11.カツオ

藁でさっといぶしたカツオは、ふわっとスモーキー。魚の旨味と酢飯の香りがあとを引きます。参加者の一人が「カツオって、こんなに生臭くないんですね。すごい」と驚いていました

12.穴子

ラストは穴子! 九州からやってきたこちらは、しっとりふわふわ、甘いタレに、心までも満たされます。ふんわりした身と甘いタレの香りが立ちこめると、参加者の視線がいっせいにカウンターの中へ集まりました

最後に赤出汁のお味噌汁を飲んで、会は終了。今回は益博さんやご主人・綿貫さんの話を聞きながら、はじめて会った参加者同士で会話が弾んでいたのも印象的でした。

「おいしかった……!」という声はもちろん、「昔ながらの江戸前寿司はマグロから、という流れをはじめて知った」、「お寿司ってふらっと食べに行くには敷居が高く感じていたけれど、はじまりが屋台だったとは!」と、江戸前寿司の歴史に驚いた方も多かったようです。

第一部に参加されたみなさん。心も満腹な表情ですね

「お寿司はほとんど基本形が変わらないまま、200年間も続いている料理です。これだけの歴史があるかつ、世界中でメジャーな料理は、他のジャンルではありませんよ」と益博さん。

益博さん
益博さん
「職人のこだわりがあって、限定的だったものが、200年が経ちワールドワイドになっているところもお寿司の不思議な魅力ですね」

海の環境や時代が変わっても、継がれてゆく職人の心。そんな江戸前寿司のことを少し知ったなら、食べることがもっと楽しくなるかもしれません。

取材・文=金城和子、撮影=Yahoo!ライフマガジン編集部

この記事を書いたライター情報

Yahoo!ライフマガジン編集部

Yahoo!ライフマガジン編集部

グルメ、おでかけ、イベントなど、ライフスタイルを豊かにする情報を編集部が厳選して紹介します。

おすすめのコンテンツ

特集

連載