犬養裕美子のお墨付き! スタッフ一丸となりシェフの遺志を継ぐ

犬養裕美子のお墨付き! スタッフ一丸となりシェフの遺志を継ぐ

2019/10/12

“アナログレストラン”はレストランジャーナリスト犬養裕美子が選ぶ「いい店」。作り手がその場できちんと料理をしていること。小さくても居心地のいい空間とサービス、かつ良心的な値段。つまり人の手、手間をかけた「アナログ」で「アナ場」な店。第75回は恵比寿「リストランテ・マッサ」

犬養 裕美子

犬養 裕美子

レストランジャーナリスト

神戸勝彦シェフ、不慮の事故で亡くなる

今年3月14日、「リストランテ・マッサ」のオーナーシェフ・神戸勝彦氏が亡くなった。早朝の厨房で一人作業中に高いところのものを取ろうとして事故は起きた。出社してきたスタッフが救急車を呼んで病院に搬送するも意識は戻らなかったと言う。

神戸シェフと言えば、一世を風靡した、“料理の鉄人”のイタリアンのシェフ。ベテランぞろいの鉄人たちの中で、神戸シェフは鉄人就任当時28歳の若さだった。背が高くルックスの良さから「パスタのプリンス」と言われたが、気取ったところなどない謙虚なシェフだった。

恵比寿駅より徒歩6分。入り口にはオリーブの木やハーブの植木鉢が並ぶ。ダイニングは28席。コバルトブルーと白の軽快な色使い

神戸シェフとはそれほど多くの仕事をご一緒したわけではないけれど、レシピを紹介する企画でお世話になった。朝早くからの撮影にもいやな顔ひとつせず、先頭に立って料理を用意してくれた。レストランの料理と違って、家庭向けの神戸シェフのレシピはシンプルで美味しく、見るからに元気がでる盛り付けで、神戸シェフの別の面を見た思いだった。

シェフの教えは料理、サービスすべてに

神戸シェフの訃報を受けて、レストランはどうなってしまうのか。それが気になって電話をしたら予約希望の日はいずれも満席。こんな時だからこそ「マッサ」に頑張って欲しいと応援している顧客がたくさんいる。そのことにほっとし、少し時間をおいて改めて伺うことにした。

約半年、ようやく落ち着いて食事に行くことができた。マダムのかをりさんがホールに出て、厨房は以前スーシェフだった吉田洋平氏がシェフを務めている。この吉田シェフこそが神戸氏の元で、すべてを学んだ愛弟子だ。

左から、キッチンの河野力蔵、吉田洋平シェフ、ホールマネージャー・鈴木聡、マダム・神戸かをり、ホール川俣美里。全員でおもてなしに

吉田シェフは高校を卒業後、「リストランテ・マッサ」に入店。6年半、一通り仕事を覚えてから、イタリアへ。北を中心に1年半様々な店を見て回ったが、ビザの取得がうまくいかずに一旦帰国した。再びイタリアに行く予定だったが古巣の「マッサ」へ戻る。

「バイト的にいくつかの店で働きましたが、イタリア料理を一番勉強させていただいたのは『マッサ』ですね。ここに15年はいます」吉田シェフ)

最近は神戸シェフが不在の時、料理を任されるまでになっていた。

神戸シェフならではのスタッフ教育とは?

「うちの賄いは、いつも(神戸)シェフが作ってくれたんです」と吉田シェフ。

え〜、そんな贅沢な賄いってある? 少しでもイタリア料理を知ってもらいたい、自分の味を覚えてもらいたい。そして、料理は楽しいものだということを体で感じて欲しくて、どんなに忙しくてもスタッフの食事は神戸シェフが担当したのだという。

「そのおかげで、(神戸)シェフの味はしっかり覚えましたし、自分独自の味も確立しました」(吉田シェフ)

フォワグラと桃のスープ。オープンから出している神戸シェフのスペシャリテ。山梨の実家で父親が作る美味しい桃をヒントに思い付いた組み合わせ。7~10月まで、前菜で選択可能

神戸シェフの味は少し塩味が強めのことがある。これはオープンからの常連なら懐かしい味。それを常連さんにサラッと出せる店って、そうあるもんじゃない。多くの常連客が吉田シェフの料理にあれこれいうが、それもまた愛情、愛着があってこそ。このレストランの財産といえるだろう。

マダムも吉田シェフには全服の信頼を寄せる。

「シェフが亡くなった時、私は何をどうしていいのかパニックになってしまったけれど、スタッフ全員が『リストランテ・マッサ』を続けたいと言ってくれたので、やるべきことがはっきりしました」(かをりマダム)

ポルチーニのアーリオオーリオ。これもオープンから人気の神戸シェフのスペシャリテ。手打ちパスタのキターラのおいしさに注目。昼も夜もパスタで選択可能

オープンして来年で20年を迎える。残念なことに初代・神戸シェフは亡くなったが、神戸シェフの最大の功績は、吉田シェフという2代目シェフを育てたこと。手打ちパスタのトルテッリやキタッラなど、「神戸勝彦のスペシャリテ」はきちんと吉田シェフによって受け継がれていく。今、多くのレストランが従業員、後継者不足で悩んでいるが、神戸シェフはスタッフを見事に育ててきた。そして彼らが「マッサ」の味を引き継いでいく。

甘鯛のウロコ焼き ソース3種(トマトソース、パセリのサルサ・ヴェルデ、アサリを使った泡のソース)。吉田シェフの料理。色鮮やかなプレゼンテーションが得意だという。夜のセコンド料理

「おいしいと自信を持っていえるものだけを出すこと」

神戸シェフがスタッフに繰り返し言いきかせてきた、その教えはしっかりと守られている。だからこそ、どのテーブルも神戸シェフのスペシャリテを注文してホッと安心の表情になる。神戸シェフの料理を完璧に再現できる吉田シェフ。

「神戸シェフの料理を受け継ぐとともに、ゆくゆくは自分の料理も出していきたい」(吉田シェフ)

自らの料理をどう表現するか。これからが楽しみだ。

リストランテ・マッサの店内。ランチ、ディナーを楽しむことができる

この記事を書いたライター情報

犬養 裕美子

犬養 裕美子

レストランジャーナリスト

東京を中心に地方や海外の食文化、レストラン事情を最前線で取材。ファッション誌から専門誌まで数多くの雑誌で連載を持ち、その店の良さ、時代性をわかりやすく解説。特に新しい店の評価に対する読者の信頼は厚い。食に関わる講演・審査員など多数。農林水産省顕彰制度・料理マスターズ認定委員。

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