手打ちパスタ製麺の職人がぶっちゃけた!ここが本当にうまい店
2019/10/25
ラーメンやソバに並んで日本の食文化に根付くパスタだが、本場に負けないほどのお店は日本にあるのか? イタリア・ボローニャで修業を積んだパスタ打ち職人に話を聞いた。
Yahoo!ライフマガジン編集部
手打ちパスタの職人には、日本のパスタ文化はどう映る?
ランチでお店を訪れることもあれば、家で簡単に作ることもあるパスタは、今や日本の食文化にしっかり根付いている。だけど、日常に溶け込みすぎているがゆえに「おいしいパスタって何だろう?」って思いませんか? そこで今回、日本にわずかしかいない手打ちパスタの職人に、おいしいパスタについて聞いてきました!
\パスタ打ち職人に話を聞いた/
河村耕作
パスタ打ち
河村さんは、本場のイタリアで修業したパスタ打ち。おじゃましたのは河村さんの事務所兼作業場であるBase La pasta dello sfoglinoだ。ここはイートインを併設しており、完全な飲食店ではないものの、飲食業界の有名人や食通の芸能人が、河村さんのパスタを食べに足を運ぶ。何だかすごいような気がするが、いまいちどんな人なのか分からないので経歴を聞くことに。
ーーパスタ打ちを目指したきっかけ、イタリアで修業を始めた理由は何だったんですか?
- 河村耕作さん
- 河村耕作さん
- 「そんなに大層なものではないんです。そもそも最初はコーヒーを学ぼうかな?とイタリアに行ったんですけど、街をぶらついていたら手打ちのショートパスタの店を見かけて『これだ』と思って」
ーーそんな簡単にコーヒーから鞍替えしちゃったんですか……。「これだ」と思った決め手があったとか?
- 河村耕作さん
- 河村耕作さん
- 「いや、特にないですね。自分は物事を深く考えないから『感覚』です。そもそも、そのお店のパスタも食べてないし、店内に入ってすらいません」
思っていたのとだいぶ違うが、とにかく、ボローニャで手打ちパスタを学んだ河村さんは、地元のリストランテで働いたり、パスタ打ち学校で講師を務めたりしていた。ちなみに河村さんの師匠は、イタリアを代表するSfoglinaであるアレッサンドラ・スピーズニー(Alessandra Spisni)氏。その後は日本やアメリカでも働き、2015年に現在のお店をオープンさせた。そんな河村さんのような手打ちパスタの職人は、日本では片手で数えるほど、本場イタリアでも稀有な存在なのだという。
- 河村耕作さん
- 河村耕作さん
- 「ボローニャでは、まず製麺業が『Pastaio(パスタイオ)』と『Sfoglino(スフォリーノ)』に分けられます。職業的には、Pastaioはパスタマシンを使って作る人や製麺の工場で働いている人で、Sfoglinoは完全な手打ちでやる人。だから例えば、生地ごねを機械でやって麺棒で伸ばすとなると、それはもう手打ちとは呼べません。製麺業をピラミッドで表したときに、その頂点がSfoglinoだと思ってもらえればいいです」
ーーSfoglinoはボローニャにたくさんいるのでしょうか?
- 河村耕作さん
- 河村耕作さん
- 「私がイタリアにいた当時は特に少なかったですね。日本でおばあちゃんたちがソバを打たなくなったようなものです。職業的に言えば、イタリア人がやりたくない職業トップ3に入ってるんじゃないでしょうか。今はそのイメージもまた変わってきて、13〜14年前よりかは増えてるかもしれません」
ーーSfoglinoの働き口としてはリストランテがメインなのですか?
- 河村耕作さん
- 河村耕作さん
- 「そうですね。小売店で働く人もいますが、そういう人に限って技術を持っていないことが多いです」
全てがそうではないが、小売店は量り売りのため、たくさん作ろうとしてクオリティを無視しがちになり技術がなかなか上がらないという。一方のリストランテでは、シェフや客の目があるから、下手なことができないのだという。
機械で作ることと手打ちであることはどんなところで差が出るのだろうか。
- 河村耕作さん
- 河村耕作さん
- 「機械を使うと悪いものができるというわけではありません。作業工程は、順番の違いはあれど同じです。意識しなければいけないのは、人間の力と機械の力では違いがあること。いいパスタを作るには、それぞれに合った技術を使わなければいけないということです」
例えば、手で平打ちのパスタを作る場合、生地に空気を練り込むことができる。一方、機械だと力が強すぎて、高い加水率の際は生地が伸ばしにくく、低加水でやると空気がうまく入らない。そのため、食感のいいパスタができにくいのだとか。ただし、スパゲティなどの乾麺は手打ちでは作れず、機械には機械の良さがあるという。また、麺類全般に言えることだが、機械には均一に作れるというメリットもある。素材がシンプルなために、手打ちだと作り手の技術の差がクオリティを大きく左右するわけだ。
Sfoglinoの製麺を見てみよう
河村さんの経歴が分かったところで製麺の様子を見せてもらうことに。
河村さんはこの工房でパスタを作ってお店に卸しているほか、パスタ教室を開いている。この2つがメインの業務であり、イートインはついでの存在。教室は一般の人も受講できるが、主なターゲットは企業やプロの料理人なのだとか。
- 河村耕作さん
- 河村耕作さん
- 「うちは楽しくパスタを作るという教室ではないんです。あくまでしっかりした技術を教えるところ。そもそも味や儲けは二の次で、パスタをちゃんと打てる人を、日本で増やすためにやっているので」
パスタ作りスタート
今回は「タリアテッレ」を作ってもらった。工程としては「こねる→伸ばす→乾燥させて寝かせる→広げて乾燥させる→切る→保存」となり、小さな生地でも1時間半ほどかかる。
保存はかなり重要な工程
- 河村耕作さん
- 河村耕作さん
- 「日本では、パスタをメインに出すリストランテでも、保存の仕方を知らないところが多いです。重要なのは水分率をちゃんと考えること。習得するのは少し難しいですが、うちのパスタであれば2週間は保ちます」
保存の仕方を知らないリストランテのタリアテッレは、1日か2日でダメになってしまうのだという。しかし、パスタは寝かせることで水分が抜けて小麦の匂いが強くなるので、打って5〜10日ぐらいのものがおいしい。つまり、1日か2日でダメになってしまうタリアテッレは、最もおいしいタイミングで食べることができない。そういうリストランテは、冷凍や完全に乾燥させて保存するしかなく、調理した際に硬くなってしまうのだという。
ちなみに、Sfoglinoがパスタ作りをするのは、1日に最長で6時間。理由は集中力が切れてしまうから。パスタ作りはスタートからゴールまでが一続きになっており、途中でやめることができない。寝かせている時間以外は常に生地を触っていなければならず、一つのミスで全てがパアになってしまうのだ。ちなみに、河村さんでも現工房では、タリアテッレを6時間で65人前ほどしか作れないのだとか。
- 河村耕作さん
- 河村耕作さん
- 「イタリア時代、6時間以上パスタを作ったことがあったんですが、師匠に『死にたいのか!』ってしこたま怒られましたね」
6時間しか作ることが許されないなんて、パスタ作りはどれほどの集中力と繊細さが要求されるのか…想像できない。
河村さんが作ったパスタを実食
パスタ作りは繊細だが調理は超シンプル
こうして作られた河村さんのパスタ。ただ、タリアテッレは出来立てがいいわけではないということで、10日寝かせたものを食べさせてもらうことに。
- 河村耕作さん
- 河村耕作さん
- 「以前、ラーメン屋さんがこれを使っているのをテレビで見て。やってみたら乳化させるのにちょうどいいんですね」
ーーシンプルな料理ですね……。それだけパスタに自信があるということですか?
- 河村耕作さん
- 河村耕作さん
- 「そういうわけではありません。タリアテッレにちゃんとしたソースをつけた方がおいしいし、もっと売れるのも分かるんです。でも、それをやってしまうと味の勝負になる。自分はあくまでパスタ打ちですから。イートインも食事処というよりは、うちのパスタを知ってもらうための場所という位置付けなんです」
河村さんがシンプルな調理をするのは、自分が「パスタ打ちであり料理人ではない」という明確な線引きがあるから。料理のプロではないため、その領分を侵すべきではないのだという。裏を返せば、それは自分のパスタへの自信の表れでもあり、そんなパスタ打ちの目線で言うと、Baseのパスタは味でなく食感が全てなのだとか。
一口食べて最初に浮かんだ感想は「すごい」。これまで食べてきたどのパスタでも感じたことがない、圧倒的な軽さだった。味については調理同様に非常にシンプル。塩分は茹で汁に入れた塩とチーズのみで、味が薄いからこそ、小麦やオリーブオイルの香りを強く感じられた。完全にパスタが主役になっている。
- 河村耕作さん
- 河村耕作さん
- 「硬いパスタはソースを濃くしないとパスタの主張に負けてしまいます。でも、食感が軽いパスタはソースのを濃くしなくていいので飽きがこないんです」
こちらも、フォークで持ち上げると崩れてしまいそうなほどプルプル。生地はタリアテッレよりちょっとだけ厚いらしいが、食感はこちらも軽やか。口に入れるとセージバターとフィリングの香りが鼻に抜ける。
- 河村耕作さん
- 河村耕作さん
- 「このパスタを打つにあたっては、一口で食べられるようにしつつ、食感を軽くするのが難しいです」
河村さんが言うように、どちらも麺を味わうための料理となっている。その食感はなかなか口にできないものだと思うので、麺好きなら足を運んで損はないと思う。ちなみに、イートインのパスタは1日20〜30人前ほどの提供で予約は不可。
職人が認めたパスタがうまい店
Baseで食べられるパスタは衝撃的だが、河村さんは「ソースがちゃんとある、一流シェフによるパスタの方がうまいですよ」とポロリ。確かに、Baseが「パスタ打ちによるパスタそのものを味わうイートイン」なので、当然と言える。そこで、製麺のプロである河村さんが「本当においしい」と思うお店を教えてもらった。
ヴォーロ・コズィ(東京都文京区)
「ヴォーロ・コズィ」は北イタリアの本格的なイタリアンが食べられるというお店。
- 河村耕作さん
- 河村耕作さん
- 「こちらのお店はコースのみなのですが、その中で出てくるラヴィオリがとても素晴らしいです。『どうしてその厚みなのか』『その厚みなのに崩れないのはなぜか』など、無駄がありません」
- 河村耕作さん
- 河村耕作さん
- 「何より、パスタ打ちが設定するハードルを越える形状や薄さのラヴィオリを『シェフが創造した』というところが素晴らしく、異常です。以前、2種類のパスタが出る夜のコースをいただいたのですが、あのクオリティならもっと量が少なくてもおかしくない。そのコースは7000円(税込、サービス料別)だったので、価格が安すぎますね」
※ラヴィオリは3800円の昼のコース(税込、サービス料別)でも提供あり
- 河村耕作さん
- 河村耕作さん
- 「オーナーの西口大輔シェフとは数度しかお会いできていないのですが、本当に尊敬してます。パスタマシンを使ったラヴィオリなら西口シェフが日本一じゃないでしょうか」
ちなみに、河村さんは全国津々浦々のパスタを食べ歩いてきたわけではない。それでも、雑誌などを見れば有名店がいくつも紹介されており、材料についての情報や写真があるため、そこからどんな作り方でどんな食感なのかが分かってしまうのだとか。雑誌などを見た上でそれでも気になったら、お店に足を運ぶのだという。
シチリア屋(東京都文京区)
- 河村耕作
- 河村耕作
- 「最近は『生パスタを使ってます』というお店が多いですよね。乾麺よりも生パスタが優れていると勘違いしている人が多いのですが、2つは全く別物なんです。それを踏まえて、乾麺を使ったパスタでおいしいのは、文京区にある『シチリア屋』だと思います」
- 河村耕作さん
- 河村耕作さん
- 「乾麺なので自家製ではありません。シチリア屋の大下竜一シェフは、乾麺に合わせたソース作りもうまいけど、パスタを的確に選んでるように感じますね。そして茹でるのが抜群にうまい。5種類のパスタがあるとして、そこには5種類のアルデンテがある。でもたいていの料理人は、どのパスタを使っても変な硬さのアルデンテになってしまい、パスタの持ち味を殺してしまう。大下シェフのパスタはどれも、『これだよね!』と思える最適なバランスのアルデンテで出てきます」
- 河村耕作さん
- 河村耕作さん
- 「私のおすすめは目玉焼きがのった『シチリア風目玉焼きのパスタ』。大下シェフの『イタリア』を最も表しているお皿の一つだと思います。ほかのメニューもおいしいですが、これが抜群です」
リストランテナカモト(京都府木津川市)
- 河村耕作さん
- 河村耕作さん
- 「3店舗目は京都にある『リストランテナカモト』です。このお店で私がおいしいと思うのはタリアテッレで、『ヴォーロ・コズィ』と同じく驚異的なパスタの一つです。食感が、私が作るパスタの卵白が入ってないバージョンなんです」
ーー河村さんが打つパスタにかなり近いということですか?
- 河村耕作
- 河村耕作
- 「そうですね。あれをマシンで作られるとパスタ打ちとしては困ってしまいますが、オーナーの仲本章宏シェフにしか作れないようなのでほっとしています。薄さもうちと同等で食感もいい。そのぶん、作るのに技術と時間はかかるのだと思います」
- 河村耕作さん
- 河村耕作さん
- 全ての店に言えるのが「仕事量」と「クオリティ」と「値段」で見たときに、圧倒的に安いこと。日本には、パスタの作り方・使い方を学べる場面がまだ少ないです。今回挙げたようなお店が日本に増えれば、イタリアにも認められるパスタ文化が本当の意味で根付くのではないでしょうか。
取材メモ/歯に衣着せぬ辛口な物言いに、むしろ清々しさすら感じる河村さん。それは、パスタに対して正直だからこそだと感じました。そんな河村さんのお店でいただいたパスタはこれまで食べたことのない食感で本当にびっくり。ごちそうさまでした。
構成=シーアール、取材・文=井上良太(シーアール)、撮影=浅野誠司
\パスタが食べたくなってきた〜/