印章職人として半世紀を歩んだ現代の名工・鈴木義久さん

印章職人として半世紀を歩んだ現代の名工・鈴木義久さん

2019/10/31

20歳の頃、父親のもとで印章職人としての第一歩を踏み出した、六書堂印舗(りくしょどういんほ)の店主、鈴木義久さん。病弱な体と向き合いながら研鑽を積み、現代の名工に選ばれた後もなお、手彫りの技術を磨き続けている。

中広

中広

迷い続けた年月を経て30代半ばで印章と向き合う

伊勢崎市の本町通り沿いを歩くと、ハンコと記された看板が目に留まる。店舗兼工房で、黙々と印章を刻んでいるのは、六書堂印舗の2代目店主、鈴木義久さんだ。2002年、ものづくり分野で優れた技能者を表彰する制度、現代の名工に選ばれた印章職人である。

六書堂印舗
【六書堂印舗 代表 鈴木義久さん】1級印章彫刻技能士。技能グランプリで審査委員を務める。群馬県印章彫刻技能士会会長を20年間務め、今年5月に退任
現代の名工に選出された際、贈られた受賞楯

印章とは、一般的にはんこと呼ばれる、名前や組織の名称を刻んだもの。一方、自治体や金融機関などに登録された印章の印影が、印鑑である。印章職人には、印章彫刻技能士という国家資格があり、その種類は木口(こぐち)彫刻作業ゴム印彫刻作業に分かれる。

オーダーメードの実印。素材は柘植(つげ)などの木材の他に、黒水牛の角や象牙も扱っている

1946年、伊勢崎市で生まれた鈴木さんは、幼少時に大病を患う。病気の影響で体調をくずしやすかったため、座ったままでも仕事ができる家業を継ぐようにと、周囲の人々から言われて育った。自身も、中学校卒業後は進学せず、修業に入るものだと思っていた頃、突然体調が悪化。「中学2年生の秋から過ごした3年半の療養生活が、生き方への意識を変えました」と振り返る。

入院した当初の1年半は、脊椎カリエスの手術や、術後の固定が必要とされるため、ベッドで寝たまま過ごしたという鈴木さん。状態が落ち着くと、療養先の群馬県立東毛療養所(現群馬県立がんセンター)に併設されていた養護学校で、授業を受け始める。すると、療養所内の教室で友人と触れ合うなか、知識を得る楽しさに魅了されていく。

その後、2年遅れて高校に進学した鈴木さんは、20歳で卒業し、家業に入る。しかし、当初は仕事にやりがいを持てずにいた。目標や夢を見いだせず、父親から指示された通りに作業をこなす日々。目の前の仕事よりも、見聞を広めたいとの思いの方が勝っていた。

そんな思いを汲み取ってくれた父親の勧めで、鈴木さんは慶應義塾大学文学部の通信教育過程に入学。仕事を定時で終えると自宅に戻り、勉強に励んだ。さらに、夏期スクーリングや群馬県内での学習活動に参加し、多くの友人と交流を深めた。「おかげで一生の友と呼べる仲間ができ、その後の人生の励みとなりました」。

ところが、肝心の仕事に身の入らないまま10年余り過ぎた頃、鈴木さんはふと不安を覚える。30代半ばになり、職場で認められるようになっていた大学時代の仲間たちと、距離を感じるようになったのだ。

果たして自分は、皆のように自信を持って仕事に取り組んでいるのだろうか。自問自答した鈴木さんの見つけた答えは、印章と正面から向き合うという強い決意だった。

ひたむきな向上心で職人としての技を追求

1981年、ようやく仕事に本腰を入れた鈴木さんは、ふたつの行動を起こす。当時、印章業界の専門誌で行われていた誌上講習会への応募と、書道教室の受講だ。

誌上講習会とは、課題の文字を彫ったゴム印の印影を雑誌の編集部に送り、上級指導者から誌面でアドバイスを受けるというもの。さまざまな作品と論評を見比べながら、技術向上に励んだ。

さらに月2回、車で1時間近くかけて通った藤岡市の書道教室では、中国の古典を手本に、筆遣いを練習。文字のバランスや曲線、とめ、はね、はらいを学び、自らの作風に生かした。

印刀と呼ばれる専用の彫刻刀で印章の仕上げに集中する鈴木さん。美しい文字のバランスと滑らかに彫られた曲線が、手彫り独特の味わいを生む

仕事への姿勢が変わって1年経った頃、鈴木さんは先輩に勧められ、東京都の晴海で開かれた一級技能士の全国大会、第1回技能グランプリに挑戦。入賞にはほど遠い結果だったが、上位入賞者や業界関係者と知り合いになり、大きな刺激を受けた。その1年後、同大会に再挑戦した鈴木さんは、彫刻ゴム印の部で優勝者に与えられる、労働大臣賞を受賞。しかし、「職人として本当の実力を身につけるのは、ここからが勝負だと思いました」。

1996年、第11回全国印章技術大競技会で 労働大臣賞を受賞した鈴木さんの作品。京都葵祇園時代三大祭と彫刻されている

鈴木さんはその後も、さまざまな競技大会で入賞。高い技術が認められ、日本印章協会からゴム印判下科と木口科で、共に一等印刻師の称号を与えられる。それでもなお、自身の作品に納得できなかった鈴木さんは1990年、印章業界の重鎮である小川瑞雲さんに師事。月1回開かれる講習会に10年間通い続けた。

小川さん主催の講習会は、課題に出された文字の印影を持参し、個別に指導を受けるという方式。「小川先生は、課題を参考作品として自ら彫り、その印影をくださいました。流れるような線質と力強さを併せ持った先生の作品は、今でも憧れです」。

幼少時代の大病がもとで、長時間の仕事に耐えられない状況でも、鈴木さんは研鑽を積んできた。その理由を「私は、仕事に費やせる時間が他の人よりも少ない。だからこそいつも、必死に彫るしかなかったのです」と明かす。

印章職人になって半世紀以上。古希を過ぎ、引退を考える時期を迎えた。それでもなお、自分の技術を評価してくれる人がいる限り、良い仕事で応えたいと話す。

鈴木さんが長年愛用している道具

印章彫刻の修業は、終わりがないから楽しいと鈴木さんはほほ笑む。ひたむきな向上心こそが、職人の誇りだ。

この記事を書いたライター情報

中広

中広

中広は岐阜に本社を置く広告会社です。 地元の情報を各戸配布のハッピーメディア(R)『地域みっちゃく生活情報誌(R)』のブランドで発信しています。

中広 が最近書いた記事

おすすめのコンテンツ

特集

連載