“アナログレストラン”はレストランジャーナリスト犬養裕美子が選ぶ「いい店」。作り手がその場できちんと料理をしていること。小さくても居心地のいい空間とサービス、かつ良心的な値段。つまり人の手、手間をかけた「アナログ」で「アナ場」な店。第76回浅草橋「ジョンティ」
犬養 裕美子
レストランジャーナリスト
フランスの地方食文化が東京の下町になじんだ!
2009年5月、浅草橋から徒歩5分、周辺はまだ殺風景な問屋街が広がっていた。その一角にブルーの壁、黄色のひさしというカラフルな外観の「ジョンティ」がオープンした。「ジョンティ」とは、フランスとドイツの国境・アルザス地方で飲まれている郷土ワイン。
オーナーの富田裕之氏は、フランスでも「特別食いしん坊」と言われるアルザス地方の料理とワインに出会い、独立するならアルザスの味を伝えようと決めていた。当時、ワインバーやワインレストランは数多くあったが、アルザス専門はここだけ。珍しいだけに注目も浴びたが、同時にそんなマニアックな店が成り立つのか、という声も多かった。
ところがアッと言う間に10年が経った。最初は富田氏と料理人2人でスタートしたが、今ではスタッフ総勢6名。人手が足りなくて困っている店が多いことを考えると、かなりの充実体制だ。だからこそ1、2階、合わせて28席が昼夜満席になってもスピーディなサービスが可能になっている。
この店が薀蓄を好きなワインマニアの店ではなく、食いしん坊の店に成長したのは、レストランとしてサービスの基本がまもられているからではないだろうか。予約なしで来店した客にも素早く席を作る。声がかかれば「はい、伺います」と反応も適切。安い、美味しい、量がある料理も魅力だが、レストランとしてもっとも重要なサービスが徹底している。
その一方でこの店のクオリティをお客がどれだけ解かっているかといえば、おそらく90%は理解していないと思う。「美味しいもの食べたいな〜と思った時行きたくなるのはなぜかおしゃれなフレンチではなくて、ここの素朴な料理」というのが大方の意見だろう。富田氏はアルザス色を徹底させてきたけれど、決して性急に押し付けることはない。気が付くとこの店にリピートする顧客が増えたのは、料理もワインにも富田氏ならではの味付けがなされているからに違いない。
アルザス料理の代表といえばシュークルート。塩だけで発酵させたキャベツとソーセージや豚の塩づけなどの肉類を一緒に盛り合わせ、マスタードをつけて味わう豪快なひと皿だ。このキャベツの酢漬けの味でその店の個性が出ると言われる。
フランス現地でも業務用に仕込まれたシュークルートを使う店が多いが、富田氏はすべて店で仕込む。「うちのは酸味も塩味もマイルドに仕上げています。市販のものはどうしても塩と酢が強くて、日本人にはちょっとあいません」。同じように、どの料理も、塩、脂を控え目にしたあっさり味で食べやすいのは、富田氏の考えでレシピを決めているからだ
また、ワインリストは他店とは全く違う、生産者別リストになっていて、ボトル4000~5000円の価格帯が充実している。「価格が安いからか、とにかくワインがよく出るんです。女性でも一人1本は飲んで行かれます」。
どのテーブルにもワインがある。それでこそ、アルザスの食卓の風景なのだ。「これからも変わりなくやっていきますよ」という富田さん。変わらないように見えて、実はメニューも、お客も着実に増えている。「アルザスの味」を知りたければ、浅草橋へ!