江戸城の水濠を、東京湾クルージングで水から考える城めぐり

江戸城の水濠を、東京湾クルージングで水から考える城めぐり

2020/09/04

江戸城の大きさは、なんと千代田区+中央区約半分ほど。日本一大きな城といわれ、江戸幕府の将軍・徳川家の居城がありました。最盛期では100万人以上の人口密集地だったお江戸。実は、江戸城の繁栄は水と密接に関係していました。クルーズ船で江戸城めぐりの旅にでかけてみましょう!

お城情報WEBメディア「城びと」

お城情報WEBメディア「城びと」

総延長14km! 江戸城の外濠とは

慶長8年(1603)以降に拡張を開始した徳川家の居城、江戸城。幕府が諸藩の大名に築城に伴う工事をさせる「天下普請(てんかぶしん)」によって築かれました。外濠は総延長14km! 日本一広大なこの城が完成するまでおおむね30年ほど、初代将軍・徳川家康から3代将軍・家光まで随時普請が行われていました。実は、江戸城の発展は、水と密接に関係しているので、水の視点からお江戸見物が楽しめる、クルーズ船がおすすめ! 東京の風を感じながら優雅にすすむ、タイムスリップ船旅へ、いざしゅっぱーつ!

江戸城桜田巽櫓、奥に富士見櫓も見える。後ろを振り返ると高層ビル群が! 江戸城は都会に佇むオアシスなのだ
江戸城の内郭と外郭の範囲。麹町も神保町も日比谷も江戸城内だった。隅田川も濠の役割を果たしていた(マップ制作:ウエイド)

五街道の起点の日本橋

日本橋クルーズ®︎ の目玉のひとつは日本橋です! 慶長8年(1603)に最初の木造・日本橋が建設されました。幕府によって、東海道、中山道、日光街道、奥州街道、甲州街道の「五街道」が制定され、すべての街道の起点がここ日本橋となったのです。その後、何度か架け替えられ、明治44年(1911)に現在の石造りの日本橋が誕生しました! ちなみに、橋についている「日本橋」の文字を書いたのは、徳川幕府最後の15代将軍・徳川慶喜。幕末の動乱では明治政府の敵となった旧幕軍ですが、大都市江戸を無血開城で引き渡した立役者、15代将軍・慶喜の功績は大きい……と、彼の文字が残ったのですね。

明治44年(1911年)に完成した現在の日本橋。橋の中央には日本国道路元標がある

“今しか見られない”常盤橋門と常磐橋とは?

東北へ向かう奥州街道の玄関口として、常盤橋門が築かれたのは慶長年間後半頃。その後、大地震の修復が寛永6年(1629)に行われ、枡形虎口に改修されました。ちなみに、この時の修復では神田橋門や一橋門など複数の門で行われており、普請に招集された大名は徳川御三家をはじめ、なんと70家以上に及んだそうですよ!現在クルーズ船から見られる石垣は、その常盤橋門の石垣の一部。保存状態もよく、国の史跡に指定されています。

常盤橋門と常磐橋

常磐橋は、明治10年(1877)にこれまでの木橋から石橋へと架け替えられました。解体調査では、なんと橋の石材から小石川門の石垣を築いた岡山藩池田家の刻印が見つかり、転用されたことがわかっています。小石川門がなくなってしまったことは残念ですが、こうしてまた再び石に会えたことが嬉しいですね。まだまだ江戸城クルージングは見どころがたっぷり。さらに知りたい方はこちら!

この記事を書いたライター情報

お城情報WEBメディア「城びと」

お城情報WEBメディア「城びと」

お城めぐりや城下町歩きを楽しむための“超初心者向け”の情報や“ちょっとマニアック”な情報を発信するWEBメディア。専門家やマニアなどスペシャリストによる記事をはじめ、全国3000城のお城情報や口コミ、イベント情報などをお届けします!公益財団法人日本城郭協会公認サイト。

お城情報WEBメディア「城びと」 が最近書いた記事

おすすめのコンテンツ

連載