精神科医が「願いが叶うカレー屋」で考えた おまじないの仕組み

連載

星野概念のめし場の処方箋【Vol.1〜20】

2016/09/29

精神科医が「願いが叶うカレー屋」で考えた おまじないの仕組み

精神科医として総合病院に勤務する傍ら、文筆、音楽、ラジオなどマルチに働く星野概念が「食べに行く」という行為を通して、「こころ」に関する気づきをひも解く。

星野 概念

星野 概念

精神科医

「おまじない」って一体なんだろう

こんにちは、精神科医の星野概念です。

この連載は、日常の食生活の中から僕が感じたり考えたりしたカウンセリング的要素をみなさんにご紹介するものです。

今回は、願いが叶うカレー屋さんで叶った願い事のお話から、「おまじない」とは一体どういうものなのか、ということを考察してみました。

  

【目次】
1.願いが叶う小さな扉 
2.暗示について
3.小さな扉のおまじない効果


1.願いが叶う小さな扉 

・階段の下のカレー屋さん

数年前のことです。僕は小田急線沿線に住んでいたので、映画でも観ようと新百合ヶ丘の駅で降りると、カレーの匂いが漂ってきました。駅構内にカレーステーションがないにも関わらず、です。

  

不思議に思い、匂いのする方に歩いていくと、出どころは意外な所にありました。

駅からすぐの登り階段の下、狭い三角のスペースに、「Cherry blossom」という、小さなカレー屋さんを見つけたのです。

高架下なら分かるけど、階段下のお店なんて初めてだったし、お腹も空いていたので、映画は後回しにして入店しました。

・ただ者ではないマダム店長

店内は狭く、席は6席のみ。カウンターの中で、恐らく店長であるマダムが一人で切り盛りしていました。驚いたのは店内の壁を埋め尽くすようにポラロイド写真が貼られていたことです。

なんだこの写真たちは!?

呆気にとられていると、カウンターの中からマダムが畳みかけるように話しかけてきました。

マダム:「いらっしゃい、今日は何にする? いつものでいい? いつも何だっけ? ハーフ&ハーフ?」

:「あ、いや、えっと」

マダム:「あ、はじめて? あら、かわいそう。クセになって毎日来ちゃうね。まぁ大変。また忙しくなっちゃう。何にする? ハーフ&ハーフ? ビーフカレーとハーブカレーのハーフ&ハーフで、相性がもう絶妙。別々でもいいけどみんなハーフ&ハーフがクセになっちゃうの。この人もこの人もそうだから。
ね〜(他のお客が相槌を打つ)」

 

今でこそ、ドラマ「とっとテレビ」の主人公、満島ひかり扮する黒柳徹子を彷彿させる、なんて表現が出来そうですが、「徹子の部屋」も観ていなかった当時の僕は、マダムのマシンガントークにただただ圧倒されました。

そして、マダムにすすめられるままにハーフアンドハーフを注文しました。これがまた美味しい!

  

ビーフカレーはこれでもか、というくらい煮込まれているし、ハーブカレーには30種類以上のハーブが使われているらしく、体の中からポカポカするような感覚がありました。そして、その2種類を混ぜるとまた違う味に進化してとても楽しい。

  

・願いの叶う小さな扉

一気に食べ終えると、お店で栽培しているレモングラスのハーブティを出してくれました。これもスッキリして美味しく、しかもなぜか飲み終える前から注ぎ足してくれるので、遠慮なく味わいながら

「そういえば、このポラロイド写真はどうして貼っているんですか」

と聞くと、従業員用の小さい出入り口を指して

「願い事をしながらあの扉を出ると願いが叶っちゃうのよ。貼ってあるのは願いが叶った人たちの写真なの。受験とか就職の内定とかね。あと宝くじ当たった人もいたわよ。いっぱい叶っちゃうの。願い事して帰ってね」

  

僕はハーブティを啜りながら、お店のすぐ近くに宝くじ売り場があったことを思い出しました。

  

(これで俺も億万長者……。いやいや、欲をかくな。まずは数週間後に控えた音楽イベントの成功をお願いしよう。)

僕は、当時活動していたバンドの主催するイベントの成功を願いながら小さな扉を出ました。

数週間後、イベントは大成功!

  

おまじないの効果か、努力の賜物か分かりませんでしたが、とにかく嬉しくてお店に行って報告すると

「あら凄いじゃない。かぁっこいい。今日はどうする? ハーフ&ハーフ?」

  

と、普段とまるで変わらないトーンで迎えてくれました。

そしてその日の帰りは、「綺麗な女性とデートできますように」と願いながら扉を出ました。

しかし、数週間しても出会いはありません。

  

やはり、出会いまでは引き寄せられないのか、と少々落胆しつつ、またカレーが食べたくなりお店に行くと、先客で女性が一人いました。

「あらいらっしゃい。どうする? ハーフ&ハーフ? そういえばあなた独身?」

「あ、はい、そうですが」

「だったらあなた達、そこの映画館行ってきなさいよ。まだラストの回があるから」

  

こんな流れで、先客で来ていた女性と映画を観る流れになりました。つまりデートをしたわけです。

まさか前回の願いがここで叶うとは!!

もうこれは、小さな扉のおまじない効果を信じるしかない。そう考えた僕はついに、

「宝くじで1等が当りますように」

と願いながら扉を出て、すぐ近くの券売所で30枚の宝くじを購入しました。

  

その抽選結果で得た金額の合計は……。

300円!!

  

なんでやねん!!

2.暗示について

今回のお話は「おまじない」の話ですが、これには「暗示」が関係していそうです。

・暗示とは

暗示者:暗示をかける人

被暗示者:暗示にかかる人


とすると、

暗示とは、暗示者の言うことを、被暗示者が、客観的な根拠が乏しいにも関わらず、無批判に受け入れて従うことです。

  

例えば催眠では、催眠士(暗示者)がクライアント(被暗示者)に対して「だんだん眠くなる」などの言葉を言いますが、この言葉には、はっきりとした根拠はありません。それなのになぜか眠くなる場合、暗示にかかっているということです。

このような暗示のかかりやすさには個人差があり、これを「被暗示性」と言います。

・被暗示性の高くなる要素

①資格や権威

例えば病院に受診した時、十分な検査をする前でも、先生に「まぁ大丈夫ですよ」と言われると、根拠なく少し症状が軽くなったりしませんか?

どんな職種でも資格や権威は、「根拠のない信頼感」を生みやすいのです。専門職としての仕事を全うすることが大前提になっていることもあり、資格や権威があるということは、それだけで正しいことを言っている気にさせる、つまり、被暗示性が高まりやすいと言えます。

②被暗示者の準備

それでも、被暗示者が「信じないぞ」などガードを固めすぎると、暗示者がたとえ有資格者だったとしても暗示はかかりにくくなります。それ自体は、慎重であるということでもあるので決して悪いことではないと思いますが、基本前提として、被暗示性の高さには、「暗示者を疑いすぎない」という暗示にかかる準備が必要だと言えます。

  

③危機的状況や不安

危機的状況に置かれた場合や強い不安を抱えている時は、冷静に物事を考える余裕がありません。それ故に、何かしら断定的な物言いをする人に対して正しい判断を出来ずに流されがちです。これも被暗示性が高い状態と言えます。

 

④精神作用物質(アルコールを含む)

飲酒や薬物使用によって意識状態が非日常的になる、つまりシラフではない状態になると、③と同じく冷静さを欠き、被暗示性が高まりやすくなります。

③、④の場合は冷静さを欠いているので、全く望んでいなかった暗示にもかかりやすく、いわゆる「つけ込まれやすい状態」になるとも言えます。

  

注意が必要です。

3.小さな扉のおまじない効果

Cherry blossonの小さな扉のおまじない効果について考えてみましょう。

 

まず、壁を埋め尽くす願いを叶えた人たちの写真。これは、いわば実績です。加えて、ただ者ではないマダムの話術と雰囲気。これらは僕にとって被暗示性を高める権威でした。

  

さらに僕は、「願いが叶う小さな扉」という存在に対して、疑うよりもあやかりたいと考えるタイプです。つまり暗示にかかる準備も出来ていました。

 

これらが相まって、僕は「あの扉を通れば願いが叶う」という暗示にかかりました。明らかな根拠がないにも関わらず、「小さな扉のおまじない効果」は存在する、と信じたのです。

そしてまず、「扉を通ったからにはイベントは成功するだろう」という根拠のないポジティブさを得ました。これは、いわゆる自己暗示です。イベントの成功に一役買ったに違いありません。

次にデート祈願については、マダムがお客同士をくっつけたがるという奇跡の癖をお持ちだったため叶いました。これは結果、奇跡を引き寄せたことになり、「小さな扉のおまじない効果、本当にすごい!」という権威性と信頼性が高まりました。

  

しかし、宝くじは当選しませんでした。まぁこれは、当選確率が低すぎたのでしょう。宝くじまで誰もが叶えられてしまったら、もはやおまじないではなく「術」の域です。

  

しかし、よく考えると、マダムは1日に何度もあの小さな扉を出入りしています。

  

あのただ者ではない雰囲気は、扉の出入りを重ねた賜物なのか……。

楽しい想像は後を絶ちませんね。

  

星野概念(ほしのがいねん)

星野概念(ほしのがいねん)

精神科医

権田直博(ごんだなおひろ)

権田直博(ごんだなおひろ)

画家

この記事を書いたライター情報

星野 概念

星野 概念

精神科医

総合病院に勤務し、日々精神医療に従事する傍ら、執筆や音楽活動を行う。

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