130年の歴史を誇る、北海道・囲佐藤呉服店の今昔ストーリー

130年の歴史を誇る、北海道・囲佐藤呉服店の今昔ストーリー

2019/12/03

明治24(1891)年に創業し、約130年も地元に根差してきた、砂川市有数の老舗、囲(カクイ)佐藤呉服店。地域の人々の暮らしに寄り添い、一世紀以上の時を刻んできた同店の歴史と今、そして未来への思いを取材しました。

中広

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砂川市の歴史と共に発展を遂げた老舗の名店

砂川駅に程近い、国道12号線沿いに位置する、囲佐藤呉服店「カクイさん」の通称で地元の人々に親しまれる同店は、砂川市が奈江村として開村した翌年の明治24(1891)年に創業されました。

現在の囲佐藤呉服店

「当店は、明治23年に入植した初代の佐藤鐵雄が、刀鍛冶の職人として創業したと伝わっています」。そう話してくれたのは、佐藤賢江(よしえ)さん。五代目社長、正一郎さんの妻であり、店の中心的な存在です。

佐藤家に代々受け継がれている、神棚に納められた古い覚書によると、新潟県見附市出身の鐵雄さんは17歳の頃、刀鍛冶の修業をするため上京。明治神宮へも刀を奉納するほど、腕利きの職人だったといいます。その後、職人として独立し、北海道に入植北海道神宮北海道護国神社砂川神社などにも、刀を納めたそうです。

創業者の佐藤鐵雄さんが書き記したという古い覚書

時代は移り、雑貨店へと様変わりした同店。しかし、病弱だった2代目に代わり、新潟県の親類から3代目の正治郎さんを養子に迎えると、呉服店に転換します。折しも、砂川は忠別太(現旭川市)と炭鉱のまち、歌志内をつなぐ商業地として発展していた頃。地元の繁栄に歩調を合わせるかのように、同店の地盤もしっかりと築かれていったのです。

昭和15年頃の店先。広い間口から、当時の繁盛ぶりが伝わってくる

番頭をはじめ、多くの奉公人たちと寝食を共にし、家族のように過ごした店の成長期。地元の商店や会社の創業者は、同店で商いの基礎を身に付け、独立した人も多いのだと賢江さんは話します。「砂川市に住む多くの人々と店がつながっていると思うと、うれしいですね」。

ところが1939年、第2次世界大戦の開戦により、大きな危機を迎えます。第2次世界大戦で出兵した4代目の正次さんが、戦後シベリアに抑留されてしまったのです。その後、無事に帰還した正次さんは、呉服と洋服を同時に扱う店として再建。現在の基盤を作ります。

やがて、時代の流れと共に日本人の服装も変化。5代目である正一郎さんの時代になると着物は、結婚式や成人式など、特別な日に着る存在になってしまいます。しかし、地元に根付く老舗として、着物の文化を絶やしてはいけない。そう考えた正一郎さんは、賢江さんと共に、さまざまな取り組みを模索し始めるのです。


着物の新調だけでなくさまざまな楽しみ方を提案

砂川市という大都市とは離れたまちにも関わらず、上質で豊富な品ぞろえに定評がある同店。京都の西陣織や、群馬県の桐生織、茨城県と栃木県を産地とする結城紬など、日本を代表する高級着物を扱っています。「着物の鑑定書と呼ばれる証紙付の反物が仕入れられるのも、長年支えてくださる方々のおかげです」と賢江さん。わざわざ遠くから足を運ぶ常連客も多いと話します。

京都府の伏見稲荷神社から分祀して敷地内に建立したという、商売繁盛の神が祭られている祠(ほこら)

1枚数万円から、上限はきりがないといわれる着物の相場。高級品というイメージがあるせいか、現代の日本では着物を新調する機会も減っています。そんな人々のために、同店で推奨しているのが、代々伝わる着物の仕立て直しや洗い張り、メンテナンスです。「例えば、おばあちゃんやお母さんが着ていた古い着物でも、傷んだところを左右逆にすれば十分仕立て直せます」と賢江さんはにっこり。自身の着ている着物も実は、義母から受け継いだものだと笑顔を浮かべます。

笑顔を浮かべる佐藤賢江さん

型紙に沿って生地を裁断する洋服と違い、使わなかった部分を切らずに縫い込む手法の着物は、縫い糸をほどいて並び替えれば、再び反物に戻せるのが大きな特徴。着る人の背丈に合わせ、仕立て直せます。「母親から娘へ、そして孫へと、楽しい思い出を受け継ぐ手伝いをするのも、私たちの大切な役割なのです」。

常連客から依頼され、祖母の振袖を孫の背丈に合わせて仕立て直す途中だという反物。洗い張りしただけで、柄や刺繍が鮮やかによみがえる

一方、長年愛用していた着物の貰い手がいないという人には、作務衣などへのリメイクを提案。形を変え、しゃれた普段着として再び愛用できるのも、着物ならではの楽しみ方だと賢江さんはほほ笑みます。

もちろん、1軒の努力だけでは、日本人の着物離れに歯止めはかけられないもの。それでも息子の勝さんが後継ぎとして動き出し、製造元との直接取引を開始。上質な商品をより求めやすい価格で提供できるよう、企業努力は惜しみません。

また、花火大会や盆踊りの際に行っていた浴衣の着付けサービスだけでなく、今後は庭を開放したお茶会なども開きたいと、賢江さんは話します。おしゃれな着こなしを提案したり、着物を着て出かける機会を作るのも、老舗呉服店の使命だと、言葉を締めくくりました。

明治時代の蔵や、古井戸が残された中庭。今後は手入れを加え、茶会の場などに利用する予定

明治から大正、昭和、平成を経て、令和に変わった今もなお、地元の人々に寄り添い続ける囲佐藤呉服店。これからも、着物の魅力を伝えるために、その歴史を刻んでいくことでしょう。

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中広は岐阜に本社を置く広告会社です。 地元の情報を各戸配布のハッピーメディア(R)『地域みっちゃく生活情報誌(R)』のブランドで発信しています。

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