次の100年へ向かって進む宮城の寒梅酒造

次の100年へ向かって進む宮城の寒梅酒造

2019/12/08

肥沃な大崎耕土を有し、県内有数の米の一大産地となっている古川柏崎地区。寒梅酒造は大正7年に蔵を構えおよそ100年。東日本大震災で大きな被害を受けながらも、蔵を守り続け地域の人たちに愛されてきた。地域の持つ風土を生かした酒作りで、個性ある商品を世に出す、寒梅酒造にスポットを当てた。

中広

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歴史と改革

古川の中心部から車で約20分。多々川のほとりに合名会社「寒梅酒造」が蔵を構える。「寒梅」は春の訪れを告げる季語。贅沢をしたような、明るく、幸せな気分になってほしいという願いが込められて名が付いたという。主力となる「宮寒梅」は、春の花を思わせる香りと、米のしっかりとした旨み、味わいが特徴で多くの人たちに愛されている。

現在に行き着くまでの道のりは険しかった。大正7年の創業から戦時中の中断、昭和32年の復活と紆余曲折を経ながら歴史を刻んできた。 

昭和50年代の純米酒ブームでは先駆けとして売り上げを順調に伸ばしたが、そこがピーク。県内の蔵元が進化を続けていくのに対して、寒梅酒造では昔ながらの商売を続けており、時代の波についていけなくなっていた。

そんな酒造に変革の波をもたらしたのは、現在5代目となる岩﨑真奈さん(34)と杜氏の健弥さん(34)夫妻。先代である父たっての願いで平成19年、当時大学生だった、長女の真奈さんが健弥さんとともに帰郷した。2人とも日本酒や経営のことはまったく分からないゼロからのスタートだった。

杜氏 岩﨑健弥さん
5代目 岩﨑真奈さん

経営は悪化の一途をたどり、いつ潰れてもおかしくはないほど危機を迎えていた。借金もかなりの額に上った。

10年以上前に製造されたカビが生えた不良在庫の山もあり、2人はまず徹底的に無駄を排除していくことを考えた。経営もかなりずさんで、真奈さんは改善点を洗い出すことから着手。酒の製造は健弥さんが担当することになった。当時は酒作りのマニュアルがなく、感覚に任せていた部分が多々あった。品質の悪い酒というイメージが付きまとい、日本酒の会に出たときは「こんな酒はぶん投げておけ」と言われたこともあった。

再建にあたって、どんな酒を作り、どんな人たちに飲んでほしいかという「ビジョン」を明確にするところからはじめた。まずは外気の影響を受けやすく、味が劣化していく状況だったタンク貯蔵を改善し、冷蔵庫を導入。マイナス7度で貯蔵し品質を保持できる環境を整えていった。

大量にあった在庫は地域の酒店の協力を得て、全て処分。ようやく改革のためのスタートラインに立てた。

未曾有の災害で

その矢先に発生した東日本大震災。昔からの土壁の蔵が崩れ去り、使用不能になった。日本酒も3000本が割れ、タンクも流失。電気も止まったため、すべて廃棄処分となった。

震災直後の様子

まさに〝泣きっ面に蜂〞。崖っぷちに立たされてしまった2人だったが、健弥さんは諦めておらず、「やるしかない」と真奈さんたちを鼓舞したという。

崩れた蔵を再建するために復興ファンドから融資を受け、銀行からも借金。7月に新しい蔵を着工し、新酒に間に合うよう12月に完成させた。

平成28年12月4日に新しい蔵を再建

普通酒、本醸造など、醸造アルコールの入ったものは作らず、純米酒のみに絞って1月に新酒を販売した。「最高の状態で酒を届けたい」と、100軒以上の中から、本当に自分たちと同じ気持ちを共有できる酒店だけに取り扱いを絞った。売り上げが下がるのは確実だったが、それは覚悟の上。目先だけではなく将来を考えて20軒まで絞り込んだという。他の酒店には謝罪に回り、散々な文句を言われたが信念を曲げずに貫いた。

【左】「宮寒梅 純米吟醸45%」【右】「宮寒梅 純米大吟醸40%」

ラベルもロゴも一新した新酒は品質や味が向上しており、評判も上々。地元の飲食店も取り扱ってくれるようになり売り上げも徐々に上がっていった。現在の取り扱いは35軒ほど。100軒あった頃よりも売り上げは倍以上に伸びているという。真奈さんと健弥さんは「震災直後は本当に辛かったが、多くの人たちが寄り添ってくれて、背中を押されて救われた。今度は私たちが恩返しをする番。寒梅と出会えてよかった、と思えるように努力にしていきたい」と話す。地域への感謝と敬意を込めたその言葉が印象的だった。

ブランド力

「一杯でうまい酒」を目指し、品質にこだわる。日本酒には県内産、自社産の米を使用。現会長である父・隆聡さんが米作りに専念し、高品質な米を手がける。真奈さんは「大崎市の人たちにはとてもお世話になっています。大崎の蔵元として発展していくと同時に、宮寒梅を通じて大崎市を知ってもらう機会にしてほしい」と話す。酒蔵の5代目として品質で応えるしかない。美味しいと言われることが作り手として重要だ。今に振り回されすぎないように、流行に乗り過ぎないように。

「大崎つむぎ農園」のお米

杜氏の健弥さんは「こだわりや思いが品質に反映されれば、長い目で見ると絶対に酒は裏切らない。ぶれないことが何より大切」だと語る。それを裏付けるように、今年2月からシンガポール航空の搭載酒として宮寒梅が採用され、2年間にわたってビジネス、ファースト、スイートクラスに提供される。自信と誇りを持って出す酒は、自ずと周囲の評価もついてくるということだ。

現在はまだ酒蔵として下地を作る状態であり、改善の余地はまだまだある。この2〜3年が勝負であり、期待以上の酒を届けていくことを目標に酒作りにまい進する。

「宮寒梅は人生そのもの。生活の一部であり、子どもたちにしっかりと引き継ぐために今の改革がある。これからさらに歴史を紡いでいってほしい」と2人の視点ははるか先を見据えている。大崎は米どころである上に水も良く、寒さは雑菌の繁殖を抑えられていい環境だという。だがそれ以上に、地域の人の温かさが魅力だと、口を揃える。

地域の良さがギュっと詰まった宮寒梅の美味しさをぜひ味わってほしい。

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中広は岐阜に本社を置く広告会社です。 地元の情報を各戸配布のハッピーメディア(R)『地域みっちゃく生活情報誌(R)』のブランドで発信しています。

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