“アナログレストラン”はレストランジャーナリスト犬養裕美子が選ぶ「いい店」。作り手がその場できちんと料理をしていること。小さくても居心地のいい空間とサービス、かつ良心的な値段。つまり人の手、手間をかけた「アナログ」で「アナ場」な店。第67回は神楽坂「ビジト」
犬養 裕美子
レストランジャーナリスト
懐の深いプロヴァンス料理が楽しめる
にぎやかなメインストリートから、一歩路地裏に入ると、粋な家並みが続く神楽坂。和の街のイメージだが、フレンチが多いことは意外に知られていない。その数はまだまだ増えているというから都内でも激戦区。そんな中にあって「ビジト」は、神楽坂でも住宅に囲まれた静かな場所に店を出してから、間もなくオープン1年目を迎える。
オーナーシェフの伊藤洋平さんがフランス修業4年の間でもっとも影響を受けたプロヴァンス料理をテーマに、料理もサービスも一人でこなしている。プロヴァンスといえばフランスの中で最も南にイタリアに隣接して、その料理もよく似ている。調理にはバターでなくオリーブオイルを使い、新鮮な素材を活かすことが多い。
伊藤シェフが最も得意とするのは、プロヴァンスでも東に位置し、華やかなリゾート地として知られるニース地方の料理。その代表がニース風サラダだ。保存会もあるほど、南仏では大切にされているひと皿だ。その「正統」ニース風サラダの条件とは?
「材料として認められるのは、アンチョビ、マグロ、トマト、ゆで卵、ニース産のブラックオリーブ、バジル、ワケギ。季節によっては、ソラマメやアーティチョークもOK.味付けは塩とオリーブオイルにニンニクの香り。日本ではジャガイモやインゲンなどサラダに欠かせない野菜も入れるけれど、正式には認められない。うちのサラダもほぼ伝統レシピと同じです」(伊藤シェフ)
南仏のごちそう料理としておなじみなのがブイヤベース。これはマルセイユの名物料理で、魚介を使った煮込み料理だ。最初にスープを楽しみ、後で魚の身を味わうのがお決まり。マルセイユのブイヤベース憲章では、カサゴ、ホウボウ、マトウ鯛、アンコウ、アナゴ、足長ガニの中から4種類は使わなくてはならないのだ。ブイヤベース2800円(要予約)もゴージャスでいいけれど、スープ・ド・ポワソン1200円は(魚のスープ)でも、十分その醍醐味は味わえる。
メニューは本日のおすすめ、小皿料理、前菜、主菜、デザートとなかなかバラエティ豊かだ。本日のリゾットが、〆ご飯として控えているのも心強い。夏になれば、シェフの実家から送られてくる桃を使ってサラダも作る。「一人できても楽しめる、そんな店にしたくて」。何より料理を楽しんでもらえるよう、メニューにも工夫を凝らす。また、南仏ワインをリーズナブルに楽しんで欲しいから、リストも豊富にそろえている。
今年の1月からお隣に週2回移動式八百屋「草軌道野菜店」が店を出している。群馬県の無農薬、化学肥料無使用の生産者から直に野菜を仕入れ、販売している。「朝採れの野菜が午後には隣で買える。とても重宝しています」。以前、神楽坂の別の場所で営業していたこともあり、店が開くと次々と買い物客が訪れる。同時にお隣の「ビジト」にも興味を示すから「お互いにお客さんへのいいPRになります」。
神楽坂の喧騒とはちょっと離れた住宅街の入り口。これからの季節はテラス席での食事も可能。南仏の軽やかな料理とワインで、初夏のディナーを楽しみたい。