精神科医が型破りな寿司屋で思う「日本人の柔軟性」のこと

連載

星野概念のめし場の処方箋

2016/11/30

精神科医が型破りな寿司屋で思う「日本人の柔軟性」のこと

精神科医として総合病院に勤務する傍ら、文筆、音楽、ラジオなどマルチに働く星野概念が「食べに行く」という行為を通して、「こころ」に関する気づきをひも解く。

星野 概念

星野 概念

精神科医

日本人の心の底に流れる柔軟性について考えてみましょう。

こんにちは、精神科医の星野概念です。

この連載は、日常の食生活の中から僕が感じたり考えたりしたカウンセリング的要素をみなさんにご紹介するものです。

さて、アメリカ大統領も変わります。

今回は、柔軟過ぎて型破り、僕を燗酒の世界へ導いてくれた大好きな寿司屋で、改めて日本人に通底していると考えられる柔軟性について考えてみました。

 

【目次】
1.柔軟すぎるカウンターの寿司屋
2.「中空構造 日本の深層」
3.「中井 玉寿司」の素晴らしき柔軟性


1.柔軟すぎるカウンターの寿司屋 

・カウンターの寿司屋の厚い壁

ただの男が大人の男になるために、どうしても乗り越えないといけない壁があります。いや、どうしてもくぐらないといけない暖簾があります。それは

「カウンターの寿司屋」

です。

  

数年前、「カウンターの寿司屋」童貞の僕に、今でも最も頻繁に飲食する友人が教えてくれたお店が「中井 玉寿司」でした。あいつが言うなら間違いないだろう、ということで、すぐに行ってみることにしました。

降りたことのない大江戸線中井駅で降り、襟を正しながら、緊張した面持ちで風情ある神田川沿いの道を歩いて数分。

小さい入り口を入ると、店内には確かにカウンター席しかなく、常連さんと思しき先輩方で席は埋まっていました。

・寿司はどこだ!?

あれ、ちょっと待てよ。

よく見ると、誰も寿司を食べていません。

寿司屋なのに!

不思議に思いましたが、僕が知らない崇高なマナーがあるのかもしれないし、郷に入っては郷に従えとも言います。ひとまずは大人しく席に座ることにしました。

   

どう注文したら良いか分からずに待っていると、大将が急に

「カキ、苦手な人いますかー」

と、思いのほか高めの声で言い、皆さん

「お、いいね」

「ん〜、今日はいっちゃうかな」

など口々に呟いています。

そしてしばらくすると、端の席の人から順に生ガキがサーブされていきました。その後お酒の趣味を聞かれて、あまりよく分からない旨を伝えると、お任せで選んで注いでくれました。

  

こんな感じで、

① 大将、どんなツマミを出すか宣言

② 客、食べるか否か意思表示

③ お酒を選択

という流れが、各ツマミごとに繰り返されました。

そのツマミたちがイチイチ旨い!
そして、お酒もめちゃくちゃ旨い!

・旨口燗酒、最高!!

僕はこのお店で

旨口の純米酒を燗で飲む

という至福を覚えました。

  

数ヶ月後には

「酒は純米、燗ならなお良し」

という上原浩先生の、言い得て妙な名言が書かれたmyおちょこを購入したほどです。

  

・で、寿司は……

ここまで書いてどうでしょう。
気になる事があるはずです。そう、

寿司が出てきていない! 寿司屋なのに!

最終的に大将は

  

「最近凝ってるんですよ、焼豚」

  

と言って、焼豚をふるまい始め、僕の中の「カウンターの寿司屋」像はぼやけにぼやけていきました。

  

でも、その頃には楽しく酔い、

(まぁ、焼豚も保存食という意味では寿司的だろう)

 

うーん、違うか。

  

でも、旨けりゃなんでもいい!

  

という、当初の荘厳なイメージの「カウンターの寿司屋」では起こりえなかった柔軟な思想を持つに至りました。

  

旨口純米酒と多彩なおつまみを十分に堪能し、最後、ついに頂いた握り数貫も、もちろんとても旨く、素晴らしいシメとなりました。

そして、その頃にはカウンターの先輩方とも打ち解け合い、大将と女将さんが大ファンだというユニコーンのライブDVDを観て、素敵な夜は更けていくのでした。

 

2.「中空構造 日本の深層」

僕は中井 玉寿司に行く度に、河合隼雄先生の

「中空構造 日本の深層」

という本を思い出します。

この本、とても示唆に富んでいて、人によって胸打たれるポイントが異なると思うのですが、僕が胸打たれた中空構造のお話をごく簡単に書いてみます。

興味が湧いた方は是非読んでみてください。

・神話の話から

河合隼雄先生は、心理学の学派で言うと日本のユング派の巨匠です。

この本では、

「個人的ではなく、多くの人(全人類的な)にとって普遍的な、意識さえしない(無意識ということです)心の基礎」

ということを考えるにあたり、各国に伝わる神話にもそれが見出せる、という切り口で日本神話「古事記」に着目しています。

  

・重要な神様たちは三人一組

この本では、日本神話において、重要な地位を占める神様たちは三人一組であると考えられていて、それに注目しています。
例えば、

(例1)
アマテラス、ツクヨミ、スサノヲの三神。

僕は神話の知識を非常に薄くしか持っていません。きっと、現代の人のほとんどがそうだと思います。それほど薄めの知識をもってしても、アマテラスは太陽神スサノヲは暴れん坊、など何となくのイメージはできます。パズドラなどの最近のゲームにもよく出てきますね。

でも、ツクヨミって?  
と思いませんか。

実は、かつて太陰暦を用いていた日本にとって、月神であるツクヨミは、とても重要なはずなのです。

むしろ、三神の中でも中心的な神様とも言えます。なのに、神話の中であまりエピソードが出て来ていません。

(例2)
タカミムスヒ、アメノミナカヌシ、
カミムスヒの三神

天地のはじめ、の段階でとても重要な
タカミムスヒ、アメノミナカヌシ、
カミムスヒの三神についても同様です。

この三神においても、名前的に明らかに中心的な存在と思われる(だそうです)
アメノミナカヌシのエピソードがほとんど出てきません。

類似した関係性の三神は他にもいます。

・中空構造について

これらの三神のお話に共通しているのは、中心を占める神様のエピソードがほぼないということです。

つまり、日本神話において中心を占める存在は空っぽ、中空なのではないか、というのが「中空構造」という言葉の由来です。

別の言い方をすると、「中空構造」では、中心を占める存在自体は確かに存在し、
地位や場所はあるけれども、実際の働きや、その実体は曖昧である
のです。
日本の「象徴」としての天皇陛下とイメージが重なります。

・中空構造だと

このように中心が曖昧な存在であることによって、核が曖昧であるという状態になります。この状態は、はっきりとした色がないと言え、主義主張が分かりにくいです。しかし、別の見方をすると、色がはっきりしていない故に、アマテラスやスサノヲのように対立するものや、矛盾のあるものを共存させる構造が成立するのです。

  

・中空構造でないと

もしも、中心が曖昧ではない、実質的にも権威をもつ確固たる存在であったとすると、色ははっきりします。すると、主義主張は分かりやすくなる反面、それに矛盾するものは排除されやすくなるのだと思います。

 

どちらも良い点と脆い点があり、どちらが絶対的だとは言えません。

ただ、日本神話から見て取れる日本人の心の基礎としては、一見中空(空っぽ)で曖昧だけれども、それ故に柔軟性、多様性を持つ、ということは言えるのでしょう。

  

・中井 玉寿司の素晴らしき柔軟性

「カウンターの寿司屋」のイメージって、決まったマナーがあり、注文の順番があって、その伝統に沿ってこそ通である、という、確固たる楽しみ方があるように思いませんか。

それは、大人のたしなみとして非常に興味深く、体験して深めていきたいという気持ちにさせます。

でも、その伝統ゆえに、型破りな楽しみ方をするという発想は排除され、それに至らないのが普通です。

  

それに対して、中井 玉寿司は

① 寿司屋なのに、メインである寿司よりもインパクトの強い、旨口の日本酒ばかり置いている。(素晴らしい品揃え!)

  

② 一般的な「カウンターの寿司屋」の荘厳なイメージと異なり、テレビ番組が終始流れていたり、最終的にユニコーンのライブDVDが始まったりする。

 

③ 寿司が出て来ない!

 

などの点で、お店の象徴である「寿司屋」としての実体は曖昧になっていると言えます。

でも、それ故に「カウンターの寿司屋」として特殊な柔軟性を獲得できているとも言えます。

 

そして、何より最も重要なのは、出てくるものが全部旨い!

たくさんの寿司屋を知らない僕が言っても全く説得力がないと思いますが、きっとここまで柔軟で楽しく、めちゃ旨い寿司屋って、とても珍しいのではないでしょうか。

今では、定期的に足を運び、ついに、店内での投げ銭ライブをするに至りました。

  

まさか、投げ銭ライブを積極的に行う「カウンターの寿司屋」があったとは。

  

でも、こういった柔軟性、改めて大切にしたいな、と僕は思います。

さぁ、そろそろ熱燗が旨い季節です。興味を持たれた方、カウンターでお会いしましょう!

  

星野概念(ほしのがいねん)

星野概念(ほしのがいねん)

精神科医

権田直博(ごんだなおひろ)

権田直博(ごんだなおひろ)

画家

この記事を書いたライター情報

星野 概念

星野 概念

精神科医

総合病院に勤務し、日々精神医療に従事する傍ら、執筆や音楽活動を行う。

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