建築史家・倉方俊輔さんと行く銀座の魅力を知るレトロ散策

建築史家・倉方俊輔さんと行く銀座の魅力を知るレトロ散策

2017/03/06

昨秋に「銀座プレイス(GINZA PLACE)」、そして今春には「GINZA SIX」がオープンするなど、銀座は今、次々と新しい風が吹き込んでいます。そんな進化を続ける銀座の魅力を、時代を彩った「レトロ建築」から読み説くべく、建築史家の倉方俊輔さんと散歩に出かけました。

Yahoo!ライフマガジン編集部

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ナビゲーターはこの人

建築史家で銀座散策の達人でもある倉方さん

倉方俊輔(くらかた・しゅんすけ)さん
建築史家。1971年、東京都生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業後、同大学大学院修了、博士(工学)。2011年から大阪市立大学で准教授を務める傍ら、書籍『東京レトロ建築さんぽ』(エクスナレッジ)、甲斐みのりさんとの共著『東京建築 みる・あるく・かたる』(京阪神エルマガジン社)などを執筆し、建築の魅力を一般の人に広める活動も。レトロ建築あふれる大阪の中心部に住みながら、会議などで東京に訪れる度に、銀座を散策するという“銀座散策愛好家”。

当時の最新技術と
デザインを結集させた
”復興小学校”

フランスから持ち込まれたといわれる門は「フランス門」と呼ばれ親しまれている

最初にやってきたのは東京メトロ銀座駅から近い銀座5丁目エリアにある泰明小学校。現在の校舎は1929年に完成した歴史あるものですが、デザインの観点からみても興味深いものだそうです。

修復はしているものの、アーチ型の窓など、ほぼ建設当時のままの姿を今に伝える

――見るからに歴史を感じさせてくれる校舎ですね。

倉方さん
倉方さん
ええ。1923年の関東大震災以降に当時最新の素材だった鉄筋コンクリートで建てられたものです。先の震災で中央区は被害が大きく、多くの木造の小学校が焼失。東京市(当時)は復興事業として、小学校を鉄筋コンクリートで建て直しました。それらの小学校は「復興小学校」と呼ばれ、泰明小学校もそのひとつなんです。将来を担う子どもの命を大切にすることはもちろん、避難所として機能させたいという目的がありました。

倉方さん、何やら気になるものを見つけたようで入口の方で思わずニンマリ。

正面玄関も小学校とは思えないほどおしゃれなデザイン
「アールデコ」風味の入口。「コンパスと定規を使ってこれだけのデザインができる。何でも工夫が大事だと、小学生に教えているのかもしれませんね(笑)」と倉方さん
倉方さん
倉方さん
ギザギザと文様の組み合わせが美しいでしょう。一見、複雑ですが、よく見ると弧と直線を繰り返しているのが分かります。これが1920年代を中心に、アメリカでもパリでも上海でも流行した、当時最もクールな「アールデコ」のデザイン。最先端の美的センスを小学校に盛り込んでいます。どれだけ復興小学校に力を入れていたかを象徴するものです。

何気なく見ていた
和光の時計塔は
“広告塔”でもあった!

1932年に完成。設計は東京国立博物館本館やホテルニューグランド本館などを手掛けた渡辺仁氏

続いて訪れたのは、銀座4丁目交差点のランドマークのみならず、銀座を象徴する建築である和光。経済産業省が日本の産業近代化に貢献した建造物や機械を保存、活用を目的に認定する「近代化産業遺産」でもあります。

――和光といえば、最も“銀座らしい”イメージがありますよね。

倉方さん
倉方さん
銀座のヘソがこの交差点であることを、和光(前身は服部時計店)が際立たせていますよね。設計者の渡辺仁氏は、古代ギリシャに始まる伝統を重んじた建築を得意としました。専門用語で「古典主義建築」と呼ばれる正統派のデザインです。

建物が立派であることに加えて、全体が交差点という場所を意識して、街の一部として “同化”するように設計されています。こんな風に建築と都市を一体で考えるのは、ヨーロッパの伝統です。単体のデザインだけでなく、建ち方自体も西洋的です。世界に通じる銀座の“顔”として認められているのには、訳があるんですね。

――和光というと、時計塔も目を引きますが。

1881年に服部金太郎氏が創業した服部時計店(現・セイコーホールディングス株式会社)。戦後、服部時計店の小売部門の業務を継承して株式会社和光が設立された
倉方さん
倉方さん
確かに真ん中に立つ時計塔が銀座の“シンボル”になっています。当時、時計塔というのは、駅に時計があるように、みんなが時刻を認識できるという公共的な意味がありました。

――今だとみんな、時計はスマホで確認しますけど(笑)。

倉方さん
倉方さん
当時スマホはもちろんないですし、懐中時計も高級品で庶民には手が届かなった。そのためパッとみて時間がわかるというのは銀座を訪れる人にとって公共的なメリットでした。

一方で、いつかは服部時計店で時計を買うぞと思わせるものでもあったでしょう。無償で与えることが利益になるという、現代にも通じるマーケティング手法かもしれません。

――時計塔ばかり目が行く和光ですが、実はもう一つ見るべきポイントがあるそうですね。

倉方さん
倉方さん
凱旋門風の入口です。立ち止まらないと気付きづらいですが、単独でも見ごたえがあります。先ほどの時計塔も、それだけクローズアップしても決まっていますよね。全体の中の部分を切り取っても成立するのが、「古典主義建築」のデザインと言えます。ですから、遠くから時計塔を見たり、近くで入口を見たりと老舗の安定感を堪能しましょう!
こちらがその凱旋門風の入口

レトロな菅原ビルで
コーヒーブレイク

1934年に竣工。壁面には、早稲田の大隈講堂や東大の安田講堂、旧首相官邸などにも採用された「スクラッチタイル」が印象的

街角のレトロ建築、菅原ビルへ。2階と3階が「椿屋珈琲店」になっているので小休止するのにもいいスポット。

――外壁が何だかザラザラした感じですね。

「スクラッチタイル」は、素材をこねた後にひっかき傷を作って、それを焼いたタイル。
倉方さん
倉方さん
いいところに気が付きました。3階から上の外壁をよく見ると、微妙な凸凹があります。1920年代から30年代にかけて流行した「スクラッチタイル」が貼られています。

その前後の時期にはほぼ使われない素材なので、街を歩いて古めかしそうなそれを見つけたら「お、昭和初めの建物だね」なんて、知っていると自慢できます(笑)。

それではこちらのレトロなビルに店を構える椿屋珈琲店でコーヒーブレイクをしましょう。 せっかくなので銀座の街のことを聞いてみました。

銀座七丁目花椿通り 椿屋珈琲店本店。当時の完全オリジナルではないものの、オリジナルの良さを生かしつつ、新しいものをうまく取り入れている内装が迎えてくれる
倉方さん
倉方さん
銀座って敷居が高いイメージを持っていませんか? でも、銀座は“日本最大の商店街”。まだまだ小規模な建物があり、色々な業種がひしめき、個人商店主ががんばっています。超高層が立ち並ぶわけではなく、上を見れば空が広く、下を見れば店舗に思いが凝らされている。それが銀座の特徴だと思うんですよ。
椿屋珈琲オリジナルブレンド(930円)。この雰囲気でいただくと、また格別です!

――最近、老舗が閉店したり新しい大型施設が計画されたり、銀座の再開発が進んでいますよね。それでも銀座の特徴は変わりませんか?

倉方さん
倉方さん
例えば、4月に完成する「GINZA SIX(ギンザ シックス)」。一見、一つの大きな建物だけど、複数業態の集積でもある。大きいんだけど小割りにされて、ブランドごとの路面店になっています。

銀座の土地柄に配慮して、大きいのに小割りにされた街に寄り添っているとも言えます。日本橋が江戸時代以来の商業地であるに対して、銀座は文明開化の後にできた繁華街。激変するのでも懐古に走るのでもなく、新しいものを取り入れ続けるマナーが、これからも銀座に生まれていけばいいなと思います。

“機能性ナシ”の
バルコニーが注目の
「ヨネイビル」

1930年に建てられたヨネイビル

銀座一丁目駅からほど近い銀座2丁目にある「ヨネイビル」へ。機械・資材等の輸出入を行なう株式会社米井商店(現・株式会社ヨネイ)の本社ビルです。

入り口を真ん中ではなく、少し脇に寄せてつくることで、決まりきった規則性だけではない様式美を取り入れている
倉方さん
倉方さん
ねじり柱があったり、バルコニーや側面の入口にも装飾がついていたり、ルネサンス様式の規則性を、それより前の中世のロマネスク様式で和らげています。修道院のような素朴さも感じます。

――この建物にマンションみたいなバルコニーが付いています。

バルコニーの下にも装飾があるなど、見えづらい部分にもこだわりが
倉方さん
倉方さん
ですね。ただ、幅が狭く、人が立ったり、洗濯物を干したりするようには思えません。じゃ、単に無駄な飾りかというと、例えばこれがなかったとしたら・・と想像してみてください。壁がそびえて、冷たい印象になるでしょう。これが付くと、人がいるような気配が生まれます。

戦前のレトロ建築は、来訪者や通行人に訴えかける “表情”を大切にしていました。人間がそうであるように、細かい部分が印象を左右したりします。なので、小さなところに目を配ることがおすすめです。

昭和の高級〇〇〇〇
「奥野ビル」

向かって左半分が1932年にでき、2年後に右側を増築。かつては「旧銀座アパートメント」と呼ばれていた

銀座の中心部から少し外れた銀座1丁目。マンションや民家があり、商業地というより住宅地として雰囲気が強くなってきます。

それでは、
いざ奥野ビルへ!

――倉方さんの著書『東京レトロ建築さんぽ』にも掲載されている奥野ビル。存在感に圧倒されます。どんな建物なのでしょうか。

倉方さん
倉方さん
奥野ビルはもともと高級アパートとして作られました。現在は多くの画廊をはじめ、個性的な事務所やショップなどが入居しています。築80年以上にして、今も空きが出るとすぐ埋まるほどの人気です。
正面玄関もレトロな雰囲気が漂う

――ふと上を眺めてみると、あれ、何か違和感が…変ですね。

左右は微妙に違うデザイン。まるで間違い探しのよう
倉方さん
倉方さん
外観をよく見ると、窓が右に寄ったり、左に寄ったりして微妙に窓のデザインが違います。一見無味乾燥のように見えて趣がある作りが魅力です。そこに入居するテナントの個性がにじみ出て、ベタつかないけど暖かい。都会的です。

そして、中に入ってみると…これまた圧巻! 昭和にタイムスリップしたよう。

住居として日本初のエレベーター。扉は手動式。金色のインジケーターも現役

――倉方さん、しきりにこの階段を眺めてますね。なぜですか?

倉方さん
倉方さん
実は奥野ビルは2つのビルが1つになっています。最初、左側半分が作られて2年後にこちら半分が作られているので階段が2個あるんです。
右の階段だけでなく左にも同様に階段が配置されている

――奥野ビルの魅力はズバリ何でしょう?

倉方さん
倉方さん
“本物”は時代を超えて、魅力を放つことではないでしょうか。質実剛健な見た目も、良く焼かれたタイルもガラスも鉄も、奥野ビルはすべてが誠実で、本物の素材でできています。ですから、こんな風に適切なメンテナンスを施しながら、ピカピカに装わないことで、時を経るほどに存在感を増す。

そんな魅力にひかれて、人が集まり、集合住宅として作られた当初には予想もできなかった使われ方で活用されています。ラフに使ってもカッコいいのは、“本物”だから。銀座には素敵な先達がいます。歳のとり方として、あやかりたいものです(笑)。

街場の西洋建築
鈴木ビル&岩瀬博美商店 
職人が”洋風”に挑戦した痕跡

写真中央が鈴木ビル。右が岩瀬博美商店。どちらも1929年頃の竣工

最後は同じ銀座1丁目にある岩瀬博美商店&鈴木ビルです。かつてこのあたりは、木挽町(こびきちょう)と呼ばれるエリアでした。

こちらが岩瀬博美商店。

ランプや石垣など細かいところまで作り込まれている

かつては乳製品問屋だったといわれる岩瀬博美商店。ガラス戸や商号は当時のまま残っており、当時の商店の営みを今に伝えています。

続いて、お隣の鈴木ビルへ。

鈴木ビルは住居としてだけでなくお稽古場としても使用されていた
「型にはまった洋風建築ではなく、日本人が自分たちらしく作った洋風建築だね」と感心する倉方さん

階の窓周りを凸凹させたりとアクの強いデザインには、アメリカ人建築家のフランク・ロイド・ライトが設計した旧帝国ホテル(現在、明治村に玄関部分が移設)の影響が見られる。

そんな2つの建物の共通とは?

倉方さん
倉方さん
職人たちが作った“街場の洋風建築”であるところ。昔ながらの町屋の1階が店舗で2階が住居という構成に洋風のデザインを取り入れ、タイルや銅板などに職人技を発揮しています。

同じ戦前のレトロ建築でも、歩き始めた頃の最新で外向きの装いから、このあたりまで来ると、暮らす場所としての性格が強いものに変わってきましたね。

建築は時代を写していると同時に、微妙なエリアの違いも反映します。関東大震災後、戦後、オリンピック後と、大きく3段階を経て昔からの趣ある町名は現在の「銀座○丁目」という形にまとめられたわけですが、それがかえって、エリアの違いを知る入口として良いのかも。銀座は各時代の“新しさ”が重なり、建築散歩で風景が変わる街なんです。

今回のレトロ散歩
ルートはこちら!

散歩のお供に「Yahoo!地図」をご利用ください

倉方さんによると、週末の午前中は人通りが少なく、銀座を散歩するのに意外にもオススメとのこと。「東京の真ん中なのにホッとする場所、それが銀座です」と倉方さん。この春は、新スポットもいいですが、“故きを温ねて新しきを知る”散歩もいかがでしょう。

取材・文/山中一生
撮影/川村将貴

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