名古屋市中川区<br />
中日本氷糖株式会社<br />
「甘い宝石」ができるまで

2017/08/02

名古屋市中川区
中日本氷糖株式会社
「甘い宝石」ができるまで

この時期、スーパーなどで目立つ場所に並ぶ氷砂糖。果実酒やシロップづくりに使用されています。 中川区に本社を構える中日本氷糖株式会社は、氷砂糖をつくって120年以上。時代のニーズに応えながら、甘い味を届けてきました。

中広

中広

氷砂糖の国内トップシェア
製造を自動化し品質アップ

身近な調味料である砂糖。南国で栽培されるサトウキビと、北国で栽培されるダイコンに似たビートという植物が原料です。「精製すると、2つの植物に味の違いはほとんどありません」と教えてくれたのは、中日本氷糖株式会社南濃工場長林忠幸さん。製造工程の違いで、グラニュー糖や上白糖、三温糖などに分かれます。  

溶かしたグラニュー糖を、再度、精製・加熱して結晶させるのが氷砂糖です。中日本氷糖は年間9000トンの氷砂糖を製造。「馬印の氷砂糖」の名で親しまれ、国内トップシェアを誇ります。

馬印のクリスタル。ロックはクリスタルに比べて時間がかかりますが、「自然結晶が氷砂糖の原点」と製造にこだわります

氷砂糖には規則正しい16面体のクリスタルと、大きさと形が異なるロックの2種類があります。クリスタルはドラム型の機械に、氷砂糖の種(シード)と砂糖液を入れ、約70℃に温めながら2~3日回転。シードに均等に砂糖液がくっつき、16面体の整った形になります。ロックは、完成まで約2週間。シードと砂糖液が入ったトレーを、蒸気ヒーターで約60℃に温めた結晶室でじっくり寝かせます。中日本氷糖では、ほとんどの作業が自動化されていますが、製造方法は昔のまま。

中日本氷糖株式会社 南濃工場長 林忠幸さん
中日本氷糖株式会社 南濃工場長 林忠幸さん
「手作業だった時代からの知恵で、ロックの結晶室は障子紙で覆っています。水分の抜け具合が調度いいんです」
かつて中川区玉川町にあった名古屋工場。大きな煙突が目印でした

特注のロボットがトレーを互い違いにして何枚も積み上げたり、ひねって取り出したりする人間のような動作をしています。商品の約6割が、青梅が店頭に並ぶ時期に消費。完成した氷砂糖は工場内に保管され、出荷を待ちます。また、副産物としてできる氷糖蜜も、かき氷のシロップなどとして販売しています。


時流を受けながらも
氷砂糖製造を貫く

1895年、創業者の福井浅吉は、愛知県尾張一宮村(現・一宮市)で氷砂糖の製造を始めました。馬印は一宮市にある真清田神社の例大祭「馬祭り」からつけています。大正から昭和初期にかけて、砂糖業界は急成長。馬印の氷砂糖も1921年には月間30トンを製造していました。

しかし、日中戦争が勃発し、戦時統制が本格化。砂糖が統制品になったり、企業整備令によって合併を余儀なくされたりして、製造が困難になります。1944年には軍需工場に転換し、航空機部品を製造。終戦後は精米、精麦、製パンなどをしながら、製糖業の解禁を待ちました。

1947年に福井興業株式会社を設立し、翌年、一宮糖化工業株式会社へと改名。1951年、ようやく氷砂糖製造の許可が下り、上白糖などの精製糖の製造とともに、製糖業を再開しました。多くの企業が売れ筋の上白糖製造を本格化させるなか、中日本氷糖は根本となる氷砂糖の製造を中心に考え、設備投資を進めます。1958年、中川区へ本社兼工場を移転。

製造ラインの自動化は、安心・安全はもちろん、労働環境も改善。南濃工場では女性従業員が6割を占めています
中日本氷糖株式会社 南濃工場長 林忠幸さん
中日本氷糖株式会社 南濃工場長 林忠幸さん
「原料糖は輸入品がほとんどでした。一宮工場が手狭になり、新たな土地を求めたときに、名古屋港からの原料を運びやすい中川運河沿いを選んだのです」

地域の思い出とともに
日本の季節行事を支える

1969年、精製糖分野から撤退し、氷砂糖や液糖などの特殊糖に特化。角砂糖やコーヒーハイシュガー、ガムシロップなど、時代のニーズに合わせて、ラインアップを増やしていきました。 1977年、岐阜県海津市に南濃工場を設置。現在は南濃工場にラインが集約されていますが、10年前までは中川区玉川町でもクリスタルや液糖などを製造していました。

砂糖は大きく分けると12種類。「用途に合わせて使い分けてほしい」と林さん。資料館では、氷砂糖以外の砂糖についても学べます
中日本氷糖株式会社 南濃工場長 林忠幸さん
中日本氷糖株式会社 南濃工場長 林忠幸さん
「半世紀以上も大きな煙突が立っていたので、その姿で当社を覚えている方も多いのではないでしょうか」

現在、工場跡で、本社のほかドラッグストアと喫茶店が営業しており、多くの区民が訪れています。 南濃工場には、4つの工場があります。第4工場は閉校した海津市立養南中学校の校舎の一部を利用。地域の人や卒業生のために、当時の黒板や机を置き、歴代の卒業アルバムの集合写真などを揃えた思い出の教室を設置。月に2回、教室で関連会社が製造するどら焼きを販売し、校舎へ気軽に来てもらえる機会も設けています。

中日本氷糖株式会社 南濃工場長 林忠幸さん
中日本氷糖株式会社 南濃工場長 林忠幸さん
「砂糖は料理にコクやテリを出してくれます。健康によくないものとイメージされがちですが、他の食材と同様、食べ過ぎがよくないだけです」

氷砂糖は砂糖の中でも、手間をかけ純度を高めた商品。

職員玄関の旗や黒板の文字などは、閉校した2008年のまま。第4工場は包装作業がメーンで、卒業生も働いています
中日本氷糖株式会社 南濃工場長 林忠幸さん
中日本氷糖株式会社 南濃工場長 林忠幸さん
「雑味が少ないので、あんこを焚くときや、すき焼きの割り下などに使っていただくと、くどさがなく素材の味を引き立ててくれますよ」

青梅はもちろん、さまざまな果物が旬を迎える季節。果実酒シロップづくりに挑戦してみてはいかがでしょうか。宝石のような氷砂糖が、食卓に甘みと笑顔をもたらしてくれるでしょう。

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