浅田真央を支えた名古屋の「真央ちゃんチャーハン」を食べてみた

特集

チャーハンに、恋い焦がれて。

2017/08/23

浅田真央を支えた名古屋の「真央ちゃんチャーハン」を食べてみた

多くの参拝客が訪れる名古屋の大須観音。その南側にある「互楽亭」は、フィギュアスケーターの浅田真央さんが小・中学生の頃に足繁く通っていた食堂だ。スケートの練習前の腹ごしらえは、いつもここのチャーハンだったという。彼女の思い出が詰まった「真央ちゃんチャーハン」を食べに行ってきた。

Yahoo!ライフマガジン編集部

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ひと口味わうごとに心がホッと和むチャーハン

地下鉄鶴舞線大須観音駅2番出口から伏見通を南へ200mほどの場所

「互楽亭」をさらに南へ行くと、かつて浅田真央さんが練習で汗を流した名古屋スポーツセンター、通称“大須スケート場”がある。スケート場の1階にはファストフード店が入っているが、練習前には必ず「互楽亭」に立ち寄り、チャーハンを頬張っていたという。

店主の井上一夫さん(71歳)

浅田真央さんが店へ来るようになったのは、小学校5年生のとき。週に2回くらい、母親と姉の舞さんの3人で訪れて、味噌かつやラーメンなどを皆で食べていたという。店主の井上一夫さんはこう振り返る。
「中学校へ入学すると、1人で来るようになった。多いときで週に4、5回来とったけど、チャーハンしか注文しなかった。だから、早く食べさせてあげようと、いつも注文を受ける前にチャーハンを作りはじめとったわ(笑)」

浅田真央さんとの思い出を語る井上さん。職人から一転、父親のようなやさしい表情になる

中学生の女の子が1人食堂でチャーハンを食べている。何とも微笑ましい光景だ。当初、井上さんは彼女のことを「チャーハンが好きな子」というイメージの方が大きかった。しかし、新聞やテレビなどで彼女の活躍を知って驚いた。
「『頑張ってるか?』と声を掛けると、『うん。頑張ってるよ』って。そんなやりとりをしたことを覚えてるよ。その場に居合わせたお客さんも『あれ!? 真央ちゃん?』ってヒソヒソ話しとったな。高校生になると、店に来る回数がぐっと減ったね。まぁ、仕方がないよ」

「互楽亭」の店内。昼は麺類や定食がメインだが、夜はお酒と一品料理も楽しめる

「互楽亭」の創業は昭和8年。井上さんの祖父がこの地に開店させた。その後を継いだ父が洋食を、母が麺類を作っていたという。いわゆる、麺類食堂だ。戦前から戦後の高度成長期にかけて麺類食堂は、きしめんやうどんなど麺類のみならず、和定食や洋食なども揃う、今で言うファミレスのようなものだった。
「麺類は昔から出しとったけど、カツライスやハヤシライス、オムライスもあったな。昔の言葉で言うと、ハイカラなもんを売っとった。私は高校を出てから車のセールスマンをやっとったんだけど、24歳か25歳くらいのときに店を手伝い始めたんだよ」

店内のお品書きに時代を感じさせる

先代から受け継いだメニューもあるが、時代の流れとともに増えていった。
「先代である父から料理を学んでいた頃、『俺だったらこうやるのに』と思うこともあった。店を継いでから、先代の味にアレンジを加えるようになったんだ。チャーハンもその一つだよ」

さっそく、「真央ちゃんチャーハン」を作っていただくことに
味がしっかりと染みた井上さん自慢のチャーシュー

チャーハンの具材は玉ネギとネギ、チャーシュー、かまぼこ、ハム、玉子と盛り沢山。巷の中華料理店で食べるそれとは異なり、もっと家庭的な、いわゆる「焼きめし」と言った方がよいだろう。中でもチャーシューは、井上さんのこだわりがぎゅっと詰まった一品だ。「豚バラ肉をたまり醤油でじっくり煮込んで作るんだ。昔は豚肉を入れとったけど、父がチャーシューに替えた。私はその量を増やしたんだ。真央ちゃんはこのチャーシューが好きだったから、チャーハンを注文しとったんだと思う」

朱色の「名古屋かまぼこ」

かまぼこは全国的にピンク色が一般的だが、みそ煮込みうどんやきしめんの茶色いつゆには朱色の方が映えるため、名古屋の麺類食堂では多く用いられている。

中華鍋ではなく、テフロン加工された家庭用のフライパン。ラードをひき、具材を炒めたら、玉子、ご飯の順番に入れる
ファンが多く訪れる週末は「真央ちゃんチャーハン」の注文が増える。1日に10食以上作ることも珍しくはない
フライパンを振りつつ、フライ返しでフライパンの縁に押しつけるようにして火を通す

味付けは醤油と塩、コショウ、そして隠し味に砂糖を少々。うま味調味料といった類いはまったく使っていない。
「先代は白醤油で味付けしとった。私は少しくらい色が付いとった方がいいと思って、普通の醤油にしたんだ。ほんの少し砂糖を入れると、コクが出るんだよ」

調理開始から5分くらいで完成

立ち上る湯気とともに焦げた醤油の香りが鼻腔をくすぐり、食欲をかき立てられる。名古屋かまぼこの朱色と玉子の黄色から、どこか家庭料理っぽさを感じる。

「真央ちゃんチャーハン」(750円)。きしめんやうどんのつゆに玉子を溶いたスープが付く

スプーンを口に運ぶと、玉ネギの甘みと醤油の香ばしさがフワッと広がる。特筆すべきは井上さん自慢のチャーシュー。噛むごとに濃厚な旨みがジュワッと溢れ出し、思わずスプーンを持つ手が早くなる。ご飯はパラパラでもなく、しっとりでもないが、そんなことはまったく関係ない。炒めた具材の旨みが溶け出したラードがご飯の一粒一粒をコーティングしているのだ。筆者自身、フードライターとして、これまで有名無名問わず数多くのチャーハンを食べてきたが、ここまで心がホッと和む味わいは初めてである。浅田真央さんもこの味に魅せられたのかと思うと感慨深いものがある。

店の名物でありながら、店内のホワイトボードの隅で控えめに書かれている

「真央ちゃんチャーハン」が注目を集めたのは10年ほど前。東京のテレビ局から番組でチャーハンを紹介したいとのオファーを受けて、井上さんは東京のスタジオでチャーハンを作った。その反響は凄まじく、全国からファンが訪れた。「真央ちゃんが食べていたのはどれですか?」と、尋ねられることも多かった。井上さんはわかりやすくするため「真央ちゃんチャーハン」とメニュー名を変更した。

浅田真央とのエピソードを語る際に見せる井上さんのやさしい眼差しが印象的だった

浅田真央さんが最後にチャーハンを食べたのは、2010年のバンクーバー五輪で銀メダルをとった後。名古屋市内でのテレビ番組収録中にスタッフが訪れて、「真央ちゃんに届けたい」と、チャーハンを持ち帰った。
「ここまで有名になると、もう一人では来られないんだろうなぁって思っとったら、その日に本人が来てくれたんだよ。『ちゃんとお礼が言いたくて』って。私も、その場に居合わせたお客さんもびっくりしたよ。律儀なところは小さい頃から全然変わっとらん。時間にして10分足らずだったけど、あのときは嬉しかったなぁ。お客さんがチャーハンを食べて真央ちゃんを想うように、私もフライパンを振りながら真央ちゃんの存在を身近に感じとるよ。いつかまた店に寄ってほしいね」

取材・文・撮影/永谷正樹

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