国宝犬山城の登城口に鎮座する、尾張五社の一社「針綱神社」

2017/09/12

国宝犬山城の登城口に鎮座する、尾張五社の一社「針綱神社」

城下町を犬山城へ向かう。目の前に現れたのが、針綱神社の大鳥居。二の鳥居、三の鳥居をくぐり、急な石段をあがった先に社殿が建つ。その前を右に折れると、眺望が開けた場所に出る。正面が真東にあたり、正月元日にはここからの初日の出を目当てに多くの人が初詣に訪れる。

中広

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白山大明神と称えられ、広く崇敬された古社

古くは白山社と称した。江戸時代の中頃、延喜式神名帳に載る「針綱神社」に比定されたことにより「白山針綱大明神」と社号を改称。寛政八(一七九六)年、旧称である「針綱神社」に改めた。江戸後期に著された地誌『犬山里語記』に、「産社針綱大明神」として「当社をむかしより里人白山宮と唱へ奉る、近比むかしに改て針綱神社と申奉る」の一文がみえる。明治八(一八七五)年に郷社、同十五(一八八二)年に県社となる。

創建は不詳なものの、延喜式記載から千年以上の歴史を有する由緒深き神社である。社伝によれば、犬山城築城以前は現在の天守閣付近に鎮座しており、濃尾の総鎮守であったという。天文六(一五三七)年、織田信長の叔父である織田信康が城を築くにあたって、東方の丸山白山平へ遷座される。

学問の神様、天神様を祭る境内社の針綱天満宮。合格祈願の絵馬が数多く奉納されている

慶長十一(一六〇六)年四月には当時の城主、小笠原吉次により城下の名栗町にあった八幡社境内へ遷された。『尾張名所図会』に描かれた針綱神社はこの時代のもので、合わせて神社の祭礼が紹介されている。犬山祭である。絢爛豪華な車山の巡行図からも、盛大な祭りの様子がうかがえる。

犬山祭は寛永十二(一六三五)年、前年に見舞われた大火からの復興を祈願して始まったとされる。慶安三(一六五〇)年の犬山城主成瀬正虎の沙汰で、次第に各町が車山を練るようになっていく。江戸中期には今の犬山祭の原型ができあがった。

明治十五年九月、針綱神社は現在の犬山城南斜面に再び遷座された。それまで二度の遷座は武家の都合だった。明治維新後に武士階級が解体され、かつて鎮座していた地に戻したとも考えられる。

子どもの守り神といわれる針綱神社のご神馬。戦前は生きたご神馬が祭られていたそうだ

社号標の「尾張五社」は、尾張藩の国学者天野信景の『尾張五社略記』では熱田神宮、尾張大國霊神社(国府宮)、津島神社、針綱神社、千代保稲荷神社としている。熱田神宮を別格とし、千代保稲荷神社に替えて、尾張一之宮の真清田神社、尾張二之宮の大縣神社を入れる説もあるようだ。

ご神馬の前には歯ぎしりなどによいとされる豆が供えられている

安産、子授け、長寿に、霊験あらたかと知られる

ご祭神は尾治針名根連命玉姫命建稲種命尻調根命(尾綱根命)など十柱。尾張を開拓した豪族、尾張氏一族が多く祭られている。境内社は神明社、秋葉社、熱田社など十九社を数える。造酒社、鍛冶社など製造業の神様が祭られているのも目を引く。八幡社のように町内が管理している末社もあるそうだ。前述の『犬山里語記』には三十三の末社、遙拝所があったと記されている。

織田信康が奉納した手彫りの犬のレプリカ。武骨な作りで、一説には織田広近を模して彫ったともいわれる

針綱神社は特に安産子授けのご利益で名高い。織田信康が夫人の懐妊の折、自ら彫った木の犬二体(一対の狛犬ともいわれる)を奉納して安産を祈願したという故事に由来する。戌の日に安産祈願をするという風習もあり、戌の日に祈願すると無事に出産でき、子どもが元気に育つという。

本殿向かって左にある馬舎内に、ご神馬(木造)が祭られている。昔から子どもの守り神として親しまれ、お供えした豆をいただくと歯ぎしり、ひきつけが治ると伝わる。


地域に暮らす人々の願いや祈りを受けて

安産、子授けのほか、八方除厄除延命長寿のご神徳も近在一円に知られており、戦時中には出征兵士やその家族の参拝が絶えなかったという。お宮参り、初節句、七五三詣、厄年の厄祓など、人生儀礼の参拝、祈祷に訪れる人も多い。地域の人たちの生活と深く結びついている神社、氏神様なのだ。

2016年12月にユネスコ無形文化遺産に登録された犬山祭は針綱神社の例祭で、社殿では神事が執り行われる。各町内の車山が神前でからくり奉納を終えると、神輿が境内を出立する。担ぐのは白装束を身に付けた厄年の男衆。江戸時代に神社があった名栗町(元宮)に渡り、次いで白山平(小島町)の御旅所に渡る。つい華やかな車山の巡行ばかりに注目が集まるが、神輿の渡御は氏子の繁栄を願って催行されるもので、手を合わす人の姿もよく見られる。

2015年12月6日に境内で行われた、氏子総代らによる「柳福玉」作り。前日の5日には大小合わせて約40本の注連縄が作られた

十二月に入ると、氏子総代らの迎春準備の奉仕が続く。まずは注連縄作り。拝殿に飾る注連縄は境内で一番大きく、太さ十五センチほどのわら束三本をなって作られる。長さは約三・五メートル、重さは三十キロに及ぶ。色とりどりの玉や縁起の良い小物類を柳の枝に付けた「柳福玉」も、氏子総代の手による。熊手や破魔矢などとともに、初詣の参拝者に授けられる縁起物である。

例祭の神輿渡御の様子。42歳の厄年を迎える世代が担ぐことが伝統となっている
Yahoo!ロコ針綱神社
住所
愛知県犬山市大字犬山北古券65-1

地図を見る

アクセス
犬山遊園駅[西口]から徒歩約13分
犬山駅[出口2]から徒歩約16分
犬山口駅[出口1]から徒歩約18分
電話
0568-61-0180
営業時間
通年 0:00~24:00
定休日
年中無休
口コミ・写真など

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