『シン・ゴジラ』樋口真嗣監督と行く、駅弁空白地帯を巡る旅

特集

一度は食べてみたい全国の人気駅弁【東日本編】

2017/11/22

『シン・ゴジラ』樋口真嗣監督と行く、駅弁空白地帯を巡る旅

小さい頃から電車が好きだった映画監督の樋口真嗣氏。電車と同じように駅弁にも並々ならぬ思い入れがあるという。『シン・ゴジラ』の監督としても知られる樋口監督と一緒に千葉県の駅弁を巡る旅に出かけよう。

Yahoo!ライフマガジン編集部

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駅弁空白地帯、それは千葉

千葉県は東京の隣にあって、古くから栄えてきた。落花生をはじめとする農作物の生産も盛んで、海も近く海産物も豊富に獲れる。そんな千葉が「駅弁空白地帯」だという説を唱える人物がいる。

それが駅弁愛好家としても知られる映画監督の樋口真嗣氏である
樋口真嗣

樋口真嗣

駅弁愛好家・映画監督

千葉といえば東京からアクセスもよく、ベッドタウンでもあり、海辺を中心に観光客も多く訪れる。ちなみに「シン・ゴジラ」が最初に現れた場所は東京湾の「東京湾アクアライン海ほたるPA」付近であった。アクアラインは東京と千葉を結ぶ高速道路であり、20年前に完成して以来、東京へのアクセスはさらに向上した。

『精霊の守り人』のロケも千葉県で行われた (写真提供/NHK )

その東京との微妙な距離感が千葉県の駅弁があまり有名にならない理由ではないかと監督は推測する。

樋口真嗣
樋口真嗣
「アクセスがいい千葉県は実は駅弁空白地帯。その理由はあとで説明します。どんな駅弁があるか確かめたいと思います」
「さあ行きましょう!」

1.千葉駅「トンかつ弁当」(500円・税込)

あっという間に千葉に着いてしまった。本当にあっという間で、写真撮影をする暇もなかったくらいだ。行きの車内で早速お酒を購入して旅行気分を高めようとした監督だが、東京駅からわずか40分足らずで着いてしまったため、消化不良といった表情である。

しかし、念願の駅弁と対面したら顔が輝いた

監督が駅弁を好きになったきっかけ、それは小さい頃の家出だった。転校先に馴染めず、自分の居場所はここではないと思っていたある日、ランドセルを背負ったまま「大阪に行きたい」と、発作的に特急電車に飛び乗った。小3の時だった。

樋口真嗣
樋口真嗣
「残念ながら沼津で車掌さんに捕まりました。そして駅の公安官室に連れて行かれた。売れ残ったやつなのか、沼津駅の名物「鯛めし」を出してくれた。それまで食べたことなかった味で、おいしかったな。夢中で食べている最中に、自分の中で家出したことの申し訳なさがこみ上げてきたの。鯛めしを食べると、いまだにあの時のことを思い出します」

話を現在に戻そう。監督が千葉で最初に購入したのは、千葉駅をはじめとする各所で販売されている「トンかつ弁当」である。調製元は万葉軒。駅弁製造の老舗だ。

そしてゲットした「トンかつ弁当」はなんと500円。駅弁としては破格である

ちなみにこの駅弁ツアーを前から楽しみにしていた監督だが、多忙を極める氏に許された時間はわずか半日。まさに弾丸取材ツアーだ。1分を争う綿密なスケジュールで動いていた私たちは、トンかつ弁当を片手に次の電車に慌てて飛び乗った。

2.木更津駅「特製バーベキュー弁当」(772円・税込)

木更津駅についた。駅前にある「吟米亭浜屋」で「特製バーベキュー弁当」を購入しよう。40年以上の昔から「浜屋のバー弁」として親しまれてきた歴史を持つこちらの弁当。駅構内でも買えるが、駅前に店舗があるのでこちらで購入する。

吟米亭浜屋西口店。昼前はお弁当を求める大勢の客がひっきりなしに訪れていた

幼き樋口少年に鮮烈な記憶を与えてくれた駅弁。少年は懲りずに「次の家出はどうしようか」と夢想し、時刻表を読み始めた。松本清張よろしく、頭の中でダイヤを組むのが楽しかったという。そして時刻表の欄外に「沿線の有名な駅弁」の名前が書かれていることに気づく。「軽井沢ゴルフ弁当?」。無機質な活字はまだ見ぬ駅弁への夢を膨らませてくれた。

樋口真嗣
樋口真嗣
「遠い土地には見たこともない食べ物があるという想像にワクワクしたんです。そして運命の出会いが待っていた。小学校の図書館で『駅弁旅行』(保育社・絶版)という本を見つけてしまった。その瞬間に私の頭の中でそれまでの活字と映像が結びついた。駅弁の道に導いてくれた僕の中の魂の一冊なんです!」

「その経験は映画作りに役立っていますか?」という質問に「ノー」と即答した監督。とはいったものの、毎年開催される駅弁大会の時期は、監督がスタッフの分まで買い出しに行き、編集室で駅弁食べ比べ大会をするという。

樋口真嗣
樋口真嗣
「あ、でも映画作りとは何の関係もないですね」

話を現在に戻そう。店内には秘伝のタレのいい香りが立ち込めている。食欲をそそる香りである。

丁寧に焼き上げた豚ロース肉がおいしそうだ。秘伝のタレをご飯にもたっぷりかける

茶色いタレがこの駅弁の要であることがよくわかる。実は現在の会社が「浜屋」の暖簾を引き継ぐ時に、女将が長年使っていたタレを「これをお任せします」と託したという伝説が残っている。いわば秘伝のタレ。これはおいしそうだ。

「あのキャラクターはいったいなんだ?」「あ、たぬきだ!」「木更津といえば證誠寺だ!」という会話がスタッフ間で交わされた

3.館山駅「くじら弁当」(1000円、850円・税込)

ボックスシートはいい。駅弁を食べるなら、ボックスシートに限る。通勤電車のロングシートは気がひける。東京から向かって千葉駅以遠を走る電車にはボックスシートがあるから嬉しい。車内でそっと酒を飲んでも人目は気にならない。気づけば私たちは館山に着いていた。

館山駅の階段を降りると目の前に店舗がある

こちらの「マリン」ではくじらを使った弁当を提供している。このお弁当が製造されれている千葉県の和田浦は太平洋に面し、古くからクジラ漁が行われてきた。それが内房線の館山駅で販売されている。

樋口真嗣
樋口真嗣
「千葉県はなぜ駅弁空白地帯か。それは東京からアクセスがいいことに尽きるのではないでしょうか。そして千葉より先はもう太平洋しかない関東の東の果て。ほかのエリア……たとえば神奈川県なら東海道線が西の彼方まで続くので、旅の途中で食べる駅弁が根付いています。でも千葉はあっという間に目的地に着いてしまうので、電車内で駅弁を食べる余裕があまりない。そして、着いたら土地のもの、特に海の幸を食べる人が多いので、駅弁があまり必要とされないのではないか」

そんな地域の駅弁は目的が違うので独自の進化を遂げているのではないか?

「一応ハマグリなどの潮干狩り的なモチーフの駅弁もありますが、気になるのは旅の人を相手にしているとは思えないトンカツ弁当やバー弁、どれも地元密着型の駅弁なのです」と樋口監督。

お腹がすいてきた。さっそく食べて空白を埋めよう

弁当を3つぶら下げてとにかくご機嫌である。お酒の影響も否定できない

お弁当を片手に海へ向かう。ゴジラが生まれた東京湾を眺めながら駅弁を食べよう。道すがら監督は『シン・ゴジラ』の撮影時の思い出を話してくれた。

樋口真嗣
樋口真嗣
「『シン・ゴジラ』の上陸シーンは蒲田で撮影されたんだけど、エキストラが上を見るの。『ゴジラが来たぞー』って。でも、最初はあの形態でしょ。こちらとしては公開前に情報をあまり出したくないし、エキストラは『ゴジラは大きい』という思い込みがあるから上を見上げる。だから『あまり見ないでくれ』って大変でしたね」

5分ほど歩くと海辺についた。

ゴジラの元となったくじらの弁当をしみじみと見つめる樋口監督(くじら+ゴリラ=ゴジラになったと言われている)
雄大な自然と駅弁の掛け紙のコントラストを楽しんでいただきたい

まずは「バーベキュー弁当」から

木更津駅近くにある「証城寺(しょうじょうじ)」のたぬきがあしらわれている掛け紙
豚ロースが輝く「特製バーベキュー弁当」
樋口真嗣
樋口真嗣
「タレがかかったご飯がおいしいよこれ。特別な肉を使ってるとは思えないけどおいしいよ。タレだ。魔法のタレなんじゃないかな。でも、バーベキュー感はまったくないよね、おいしいけど。ご飯とお肉の大きさと柔らかさ、そしてタレ。甘過ぎない絶妙のバランスがいいですね」
「うまいうまい」とご飯をかきこむ

お次は「くじら弁当」

「くじら弁当」「くじら弁当 竜田揚げ」の掛け紙は、「マリン」カラー

向かって左が大和煮、右はそぼろ。真ん中には卵の3色(2色?)弁当となっている。大和煮はしょう油味、そぼろは味噌味と飽きないように変化をつけている。

「くじら弁当」は、くじらのそぼろと大和煮がふんだんに入っている
樋口真嗣
樋口真嗣
「くじららしさを追求してますね。私たちの世代にとって、こういう懐かしい味付けはたまらない。くじらって東京でも食べれるけど、ちょっと高めですよね。この庶民的な味付けがいいよね。大和煮は昔ながら缶詰と同じ親しみのある味。お酒にもぴったりだ。いやあこれはおいしい」
「おいしいおいしい」とご飯をかきこむ

続いて「くじら弁当 竜田揚げ」は……

「くじら弁当 竜田揚げ」は、カラッと揚がった柔らかい歯ごたえの竜田揚げが入っている
樋口真嗣
樋口真嗣
「これは完成度が高い! 添えられているレモンもいい。マヨネーズもあうなあ。見た目はあまりおいしくてなさそうじゃない? 黒くてさ。でも味は抜群にいい。これって作っている人たちの自信作なんじゃないかって思いますね。竜田揚げだけお酒のつまみに買って帰ろう!」
「お酒が飲みたい」と竜田揚げを頬張る

最後は「トンかつ弁当」

己の運命を知らないであろう豚が自ら腕を振るう掛け紙が哀愁を呼ぶ
ご飯の上にドン!とかつが乗った男らしい「トンかつ弁当」
樋口真嗣
樋口真嗣
「さっきからお肉のお弁当が続くと、海で食べているのに千葉感がなくていいね。これなんて、全部肉。千葉の豊かな海を目の前にしてこういうのを食べるのは風流ですね」
ソースをかけていただきます
樋口真嗣
樋口真嗣
「いい意味でジャンキー、肉の薄さを忘れさせる濃い味付けがいろんな神経を麻痺させ多幸感をブーストさせてきます」
樋口真嗣
樋口真嗣
「透明なプラ容器なんかスーパーのセルフの惣菜パックみたいだけど、実は万葉軒のマーク入りの特注。でも限界まで薄いコストカットの跡が泣ける! トンかつらしさを残しながら駅弁の贅沢さも限界まで削ぎ落とした、アスリートスタイルの駅弁ですね」
海風で冷えてもおいしい。これぞ駅弁である

旅は終わりを迎えようとしている。想像以上にパンチが効きまくった千葉の駅弁。空白地帯と呼ぶ私たちは無知だった。千葉には千葉の駅弁が息づいていたのだ。
海からの帰り道、「これからの駅弁は千葉の時代、チバニアンがくる!」と駅弁について熱弁をふるう監督であった。

追記)取材日の翌日、地球上の約77万~12万6千年前の年代が「チバニアン(千葉時代)」と命名されることが決まった

帰りの電車では熟睡してしまった監督。お疲れ様でした

取材・文・撮影/キンマサタカ(パンダ舎)

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